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OEK ベートーベン交響曲全曲演奏 聖俗交じるエネルギー 「寄稿」潮 博恵

2021年7月24日 05時00分 (7月24日 11時42分更新)
21カ月ぶりにOEKを指揮し、ベートーベンの交響曲全曲演奏をスタートしたミンコフスキ芸術監督=7月10日、金沢市の石川県立音楽堂で(OEK提供)

21カ月ぶりにOEKを指揮し、ベートーベンの交響曲全曲演奏をスタートしたミンコフスキ芸術監督=7月10日、金沢市の石川県立音楽堂で(OEK提供)

  • 21カ月ぶりにOEKを指揮し、ベートーベンの交響曲全曲演奏をスタートしたミンコフスキ芸術監督=7月10日、金沢市の石川県立音楽堂で(OEK提供)

 ミンコフスキ指揮 ロックな楽聖

 オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が芸術監督マルク・ミンコフスキの指揮でベートーベンの九つある交響曲の全曲演奏に挑んでいる。今月は第一弾として三日にわたり一、三番(十日)、二、八番(十三日)、五、六番(十五日)の六曲を披露、二日目と三日目を聴いた。
 OEKの編成は通常の約一・五倍にあたる四十五〜五十人、ステージ上にはひな壇迫りがセットされ、最後段の中央に位置する三台のコントラバスの低音が効果的に響いて、サウンドがいつもより立体的に広がった。
 ミンコフスキはバロック音楽などを作曲当時の楽器や奏法で演奏する楽団を自ら創設して長年探求してきたフランスの音楽家だが、OEKとの演奏は弦のビブラートを抑えた響きや快速テンポなどで古楽探求からの反映はあるものの、過度にそちらに引き寄せることはせず、あくまでもモダン・オーケストラのアプローチに立つ。もう一つの彼の得意分野であるオペラでの経験が反映されていたのは、例えば六番「田園」の嵐の描写。まるで情景が視覚化されるかのように鮮やかでコントラストに富み、劇的表現の匠(たくみ)の技が光っていた。
 演奏の特徴はいくつもあるものの、ミンコフスキの演奏から受け取ったメッセージはズバリ「ベートーベンとはロックである」ということ。神聖で崇高な精神性が発露した音楽を目をつぶって聴くようなベートーベンではなく、要所では聴衆の期待に応えてウケをしっかり取りつつも、あるときは意表をついて驚かせ、ダンスのモチーフでは一緒に踊ろうぜ!と駆り立て、フィナーレでは熱狂の渦にのみ込む。そんな聖と俗、清と濁とが入り交じった中からとてつもない生のエネルギーがほとばしる音楽を書いたのがベートーベンなのだと。
 このベートーベン像をミンコフスキはコロナ禍、しかも梅雨時で蒸し暑さが増し、そもそも人々の気質として何事によらずおっとりと上品な路線に落ち着きがちな金沢の地へやって来てガツンとかましたのだから実に痛快、聴き終わった後は日頃の雑事が一掃されたかのような爽快感であった。
 新型コロナウイルス感染症対策のため、今回の公演の実現に向けてOEKのメンバーは三日ごとにPCR検査を受けてミンコフスキの入国に伴う防疫措置に協力、全体のリハーサル前にも自主的にパート練習に集まるなど気合が入っていた。
 OEKの指揮台にミンコフスキが立ったのは新型コロナの影響で二十一カ月ぶりとなったが、楽団員たちが彼のベートーベンに食らいつくかのような勢いで弾き込む姿、そして次々とスポットライトが当たるソロで輝いている姿を目にし、オーケストラにおける芸術面のリーダーシップがいかに大切かということを改めて痛感した。
 コロナ禍が続き、一回ごとの公演を開催できるだけで有り難い状況にあったが、まとまった形のプロジェクトが実現したことは楽団や聴衆に大きな活力を与えた。十月の四、七番、そして来年三月の九番。全曲演奏の残り二公演が待ち遠しい。
  (うしお・ひろえ=音楽ジャーナリスト、石川県野々市市出身)

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