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無人スタジアムを見ながら考える この寂しい夏祭りが、新しいお祭りへのカタパルトになってほしい【満薗文博コラム】

2021年7月24日 06時00分

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最終聖火ランナーを務めた大坂なおみ

最終聖火ランナーを務めた大坂なおみ

 大坂なおみのかざした炎が、特設の聖火台で燃え上がる。だが、無人のスタジアムに歓声は響かない。206の国と地域(難民選手団を含む)からやって来たアスリートたちの拍手が、お祭りの始まりを告げる、せめてもの証しだった。
 1964年10月10日。旧国立競技場を埋めた観衆は7万4534人。その中に、新潟県の高校からやって来た3年生の体操少年がいた。第3コーナーのはるか上段。「左上の聖火台に、坂井義則さんが点火して、秋空にオレンジの炎が燃え上がりましたねえ。はるか遠くで選手宣誓した体操の小野喬さんの、甲高い声が耳に残っています」。
 この少年、そう加藤沢男さんは、それから4年後の68年メキシコ五輪体操の個人総合の金メダリストになる。72年ミュンヘン大会も連覇した。74歳の加藤さんが言う。「あの日、初めて見たオリンピックの開会式はまぶし過ぎて、自分の未来までは想像もできなかった」。加藤さんは、宣誓した小野さんを追うように東京教育大(現筑波大)の門をくぐった。
 先の2016年リオ五輪の個人総合で、12年ロンドン大会に続いて内村航平が連覇したが、この偉業は加藤さん以来、44年ぶりの快挙だった。五輪史上、内村まで、個人総合連覇した選手は、世界に4人しかいない。内村の憧れは、加藤さんだったという。加藤さんの心に「世界」のともしびをともしたのは、あの日のスタンドだった。
 2021年7月23日深夜、スタンドは無人。大坂なおみをまぶしく見つめる少年少女たちの目はなかった。
   ◇  ◇
 1896年に始まり、大戦以外で中断されることのなかった夏季オリンピックの歴史が、新型コロナという肉眼では見えない敵に翻弄(ほんろう)されながら迎えた125年目の夏である。4年に1度の定義を覆してまでも開催された夏祭りの始まりは、こちらも人類が経験したことがない。 人の命はオリンピックとは比較ができないほど重い。過去4度、現地で五輪を取材したが、私は2020東京のさらなる延期、あるいは中止を求めてきた。だが、聖火が燃え上がった今、前を向くしか道はない。
 この列島は、高鳴るお祭りへの期待感と、感染者が急増するコロナへの恐れを天秤(てんびん)にかけながら、オリンピックの日々が続く。
 2020東京でコロナが与えた人類への試練は、オリンピックの有り様(よう)をも問いかける。人のいない、歓声もない無人の巨大スタジアムを見ながら考える。この寂しい夏祭りが、新しいお祭りへのカタパルトになってほしい、と―。(スポーツジャーナリスト)

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