湯気の中で素っ裸…「記者も戦力」闘将・星野仙一さんの思い実感した夜[プレイバック あの人 あの時]

2020年4月29日 11時10分

このエントリーをはてなブックマークに追加
退任セレモニーで球場内を一周する星野監督=2014年10月、コボスタ宮城で

退任セレモニーで球場内を一周する星野監督=2014年10月、コボスタ宮城で

  • 退任セレモニーで球場内を一周する星野監督=2014年10月、コボスタ宮城で

◇2014年 楽天監督退任で温泉“慰安旅行”

 記者が思い出の出来事を語る「プレイバック あの人、あの時」。第3回は井上学記者(45)が2014年の冬を振り返る。このシーズン限りで監督を退任した楽天の星野仙一さんが担当記者を引き連れて向かったのは宮城県内の温泉宿。濃密な一夜に凝縮された亡き闘将のメッセージを思い出す。
 2014年の12月。私たちは宮城・秋保(あきう)温泉の宿にいた。「星野監督御一行様」―。そのシーズン限りで監督を退任した星野仙一さんの引率で、当時の楽天担当記者は心と体の“湯治”に訪れていた。「慰安旅行を兼ねてみんなで温泉でも行きたいですね」。雑談中の記者の無責任な要望にも応えてくれる。これも星野番の醍醐味(だいごみ)だった。
 総勢10人を超える男ばかりの集団は夕刻にチェックインを済ませた。宴の前に、まずは温泉だ。「みんなで入りましょう!」。監督は「おう!」と快諾してくれた。ほどなく、監督の誘導係として他紙の先輩記者と2人で監督の部屋をノックした。
 くぐもった声が遠くから返ってくる。「お~、上がるから中に入って待っとれ!」。あれ? 一緒に入るって…。疑心暗鬼でドアを開けると、豪華な和室に備え付けられた個室露天風呂から監督が姿を見せた。素っ裸である。
 燃える男はホカホカの湯気に包まれながら、それでも“すべて”が見えていた。目のやり場に困る。すると、気持ちよさそうに体を拭く監督から次の指令が飛んできた。「おまえらも入ってええぞ!」。こんなムチャな指令も大好きな記者2人は「頂きます!」と浴衣を脱ぎ捨てた。
 サッパリした後はお待ちかねの宴会。監督が用意してくれた名酒がズラリと並ぶ。いつものように「野球3、バカ7」の割合で盛り上がり、午後10時頃だったろうか、“お開き”の時間がやってきた。
 「ワシの部屋に移るか!」。豪華和室で2次会の開宴。プロ野球の進む道は―。記者の役割とは―。とてもじゃないが紹介できない裏話も、たくさんあった。気が付けば、午前3時…。何人かは睡魔に負け、横になっていた。「もうこんな時間やないか!」。ようやく話題も尽きた頃、監督が驚いたような声を上げ、担当記者たちは自分の部屋に戻った。
 翌朝―。朝食、チェックアウト、そして帰路でソバを食し、慰安の旅は終わった。
 「昨日は盛り上がったみたいですね」。後日、監督付の球団職員から声をかけられた。しかし、続けて出てきた言葉に担当記者一同は驚愕(きょうがく)し、一瞬で爆笑に変わった。「アイツらが寝させてくれんかったわ、って監督が言ってましたよ」
 よく言われるように星野さんと担当記者の関係は、確かにある意味では“ズブズブ”だ。特に、楽天時代は年齢的にも孫と子である。東北の新興球団という背景もあり、チームと記者の関係は比較的、緩やかだったのかもしれない。それでも、“ズブズブ”の関係が悪いことだと思ったことはない。
 野球の話題は3割、いや3割もなかったかもしれない。ただ、「球界の未来」について深く考える機会にはなった。監督と話をするときには常に緊張感があったし、勉強も必要だった。記者を「球界の一員」と認めてくれていることを実感できる時間でもあった。
 「記者も戦力」「記者もファミリー」と公言する監督は、私たちのために膨大な時間(お金も)を使ってくれた。きっと球界の未来のために記者の育成、教育も必要だと考えていたのだろう。だから、その“投資”を無駄にさせるわけにはいかない―。裸の付き合いも厭(いと)わなかった監督への恩返しは、いつまでも続くのだ。

関連キーワード

PR情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ