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<紡ぐ、選手の物語 担当記者の視点> 池江璃花子/大野雄大/新谷仁美

2021年7月23日 05時00分 (7月23日 05時02分更新)
 東京五輪が23日夜、開幕する。コロナ禍で異例ずくめの大会。これまで選手を取材してきた運動部の記者が、今の思いや大会報道への意気込みをつづった。

選手が成果発揮する場 池江璃花子

 「開催自体の意義が問われる中、常に自分たちに何ができるのか、スポーツの意義について考えてきました。スポーツの力を信じ、チームジャパンの一員として全力で戦い抜くことを誓います」。6日の日本選手団の結団式。主将の山県亮太の決意表明は、さわやかだった。
 対照的に、聞くたびに背中がぞわっとするのが、菅義偉首相や国際オリンピック委員会(IOC)幹部らの五輪を巡る発言だ。直近だけでも「スポーツの力を世界に」「希望と勇気を世界中にお届けできる」。こんな具合に、五輪の開催意義を強調してきた。
 スポーツには確かに偉大な力がある。五輪の舞台に挑むトップアスリートも、かつて誰かの雄姿を目に焼き付け、追い続けてきたから今がある。一般の人も、たとえば選手に自らを重ね合わせるなどし、日々の活力にするだろう。
 ただ、希望や勇気を届けられるのは、あくまでアスリート本人だ。主催者側の偉い人たちが、勇気や感動をつくり出すわけではない。
 こうした発言が、アスリートへの圧力、敵視につながらなければいいのにと願う。競泳、池江璃花子(ルネサンス)のSNSへの五輪中止を求める書き込みは大きなニュースになった。個人的に親しくしている他競技の五輪メダリストも、同種の手紙が名指しで競技団体に送り付けられた。ただでさえ逆風の中で五輪を迎える。本来なら、これまで鍛錬してきた成果を発揮することだけに専念すべき舞台。五輪の開催意義や成否までも担わされるとすれば、アスリートがかわいそうすぎる。
 (多園尚樹=レスリング、ソフトボール、フェンシング担当)

声援なき会場でどう戦う 大野雄大

 子どもの頃からよくプロ野球の試合を見に行った。選手ごとに応援歌が流れ、たいこやメガホンを打ち鳴らす音が飛び交う。あのやかましい空間が好きだった。時には汚いやじもあったが、今となっては懐かしく感じる。
 球場の観客席から観客の声援が消えたのは昨年2月だった。新型コロナウイルス感染拡大でオープン戦が無観客となり、当初3月に予定されていた開幕戦は6月に延期。7月になって無観客の制限は緩和されたが、鳴り物はなく、声援も禁止。応援スタイルは拍手に変わった。
 昨季10完投、6完封で沢村賞を獲得した中日の大野雄大投手は、この拍手に背中を押されたという。「九回のマウンドはいつも最後の気力という部分。拍手でマウンドに迎え入れてくれるおかげで投げ切れた」
 声を出せないファンの願いが、毎試合のように最後まで投げる背中を押した。声援を送れなくなったことで、選手がより応援のありがたみを感じてくれたことが、ファンの一人としてうれしかった。
 大野は「横浜スタジアムは、いつもお客さんが超満員のイメージ」と、自国開催の舞台で観客に囲まれて投げる姿を思い描いてきた。しかし、拍手すらも聞けないことになる。野球は福島での開幕戦も含め無観客。選手が望まない結果となってしまったことが歯がゆい。
 日本でとりわけ人気の高い野球は、無観客に慣れていない。ファンの応援を力に変えてきた選手たちが、静まり返る球場で厳しい戦いをどう乗り越えるのか、注目したい。
 (荒木正親=野球担当)

「等身大のスポーツ」探る 新谷仁美

 IOCと大会組織委員会、日本政府が罪深いのは、美辞麗句で五輪の矛盾を塗り固めようとしたことだ。「スポーツの力で世界を一つに」などと、ウイルス禍に苦しむ社会の実情と懸け離れた発信を続けた結果、「スポーツは特別扱い」という不信を招いた。
 「勇気と感動を届けたい」という選手たちの願いも、それが政治利用されれば、多くの国民にとって「別の地平から見た言葉」になる。アスリートの葛藤に触れず、言葉の一部を伝えるメディアの責任も痛感している。こうして国民とスポーツの分断は、かつてないほど深まった。
 そんな溝を、偽りのない本音で越えた選手がいる。陸上女子1万メートルで東京五輪に臨む新谷仁美(積水化学)。「陸上を続けるのはお金のため」と公言する彼女は以前、こんなことを言った。「スポーツで世界を救えたら、もうとっくに救えています。偉いわけじゃないんです、(競技で)結果を出したからといって」
 あまたある職業と同じく、スポーツ選手も一つの仕事。本来は特別扱いされることもなく、「勇気と感動」を届ける義務もない。あくまで社会を構成する一員であるという意思が、「同じ地平から見た言葉」として伝わってきた。
 裾野の広いスポーツ産業を支え、娯楽としてファンの心を潤し、運動習慣を促して健康増進に寄与する。そんなスポーツの等身大の価値を訴えないから、五輪主催者らの声は響かない。虚飾と強弁で汚された大会の中に、新谷が示した誠実さのような、五輪本来の光を探していきたい。 
 (佐藤航=体操、バドミントン、陸上担当)
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