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<紡ぐ、選手の物語 担当記者の視点> トーマス・デーリー/吉田麻也/三宅宏実

2021年7月23日 05時00分 (7月23日 05時02分更新)
 東京五輪が23日夜、開幕する。コロナ禍で異例ずくめの大会。これまで選手を取材してきた運動部の記者が、今の思いや大会報道への意気込みをつづった。

多様性を認め合う契機 トーマス・デーリー

 国籍や人種が違っても「人間」同士が競い、そして、認め合う。スポーツの持つ役割の一つだろう。今年5月に東京で開かれた飛び込みのワールドカップ。27歳のトーマス・デーリー(英国)の言葉が印象深かった。
 「出身地や性的指向など関係なく演技によってジャッジされる。スポーツは美しい」
 2008年の北京五輪は14歳ながら7位入賞。自国開催の12年ロンドン五輪からは2大会連続で表彰台に立った。4大会連続の五輪となる東京大会の切符も手にした。
 競技での実力はもちろんだが、それ以外でも注目を集めてきた。動画投稿サイト「ユーチューブ」で男性との交際を公表し、17年には結婚。18年には長男を授かり、会員制交流サイト(SNS)で私生活を含めて発信している。
 「若いころにスター選手が(性的指向などを)オープンにしていたら、孤独や不安を感じることがなかったかもしれない」。いじめに遭って悩んだ経験もあり、発言には心情がにじむ。
 コロナ禍で人々の生活は一変した。耐え忍ぶアスリートがいる半面、五輪を取り巻く世界では政治色が目立ち、失言や強弁も反発を招いた。開催の意義は不透明になり、肥大化した祭典には今も賛否が渦巻いている。
 「著名な選手が自身の物語を共有すれば、人々の心を変えられると思っている」とデーリーは言う。今大会のコンセプトの一つに掲げられた「多様性と調和」。逆風でも開催される以上、選手は持てる力を尽くす。互いを認め、理解を深める契機になれるだろうか。
 (磯部旭弘=水泳、卓球担当)

自国開催の責任にじむ 吉田麻也

 サッカーにとって、五輪は最上の大会ではない。出場に年齢制限のある男子にとっては、4年に1度のワールドカップ(W杯)こそが最高の舞台だ。「五輪がゴールではない」。これまでの取材で多くの選手から、そんな言葉を耳にした。欧州を舞台に戦う選手の中には五輪へ複雑な思いを抱く者も少なくない。
 五輪がある夏は欧州クラブの新シーズンに向けた始動と重なる。スタートで出遅れれば自チームのレギュラー争いで後手に回り、キャリアに響きかねない。だから年齢制限のないOA(オーバーエージ)を含めて北京、ロンドンと過去2回の五輪を経験した男子の吉田麻也(サンプドリア)にとって、五輪は「終わったもの」で、声がかかっても固辞する意向だった。
 しかし、新型コロナウイルス禍で気持ちに変化が起きた。五輪が延期された2020年、主将を務める日本代表の活動も停止を余儀なくされ、結局、国内で試合をすることはかなわなかった。「コロナで代表に行けない期間ができて、代表への思いを再確認できた」。母国で日の丸を背負う気持ちが強まった。
 「僕らの行いが五輪に向けていろいろ左右する。全てのオリンピアンの期待を背負っている」。1年4カ月ぶりの国内での代表戦となった今年3月の韓国戦を前に吉田は強調した。日本代表は国内で他の競技に先立ち、外界と遮断した「バブル」方式に取り組んだ。その成否が五輪の行方や世論に影響することは理解していた。
 吉田の言葉には自国開催の五輪へ強い責任感と決意がにじんでいた。 
 (唐沢裕亮=サッカー担当)

リスクと称賛、矛盾抱え 三宅宏実

 矛盾しているなと思う。
 ニュース番組で五輪の延期・中止を訴えた後、スポーツコーナーに変わると、選手の苦悩を伝え、アナウンサーが「無事、開催を願っています」とコメントする。
 新聞も同じだ。五輪開催のリスクを報じる隣のページに、代表選手をたたえる記事が掲載された。違和感しかない。だが、私は批判することができない。相反する二つが心に同居したまま、この1年を過ごしてきたからだ。
 酒屋の友人は悲鳴を上げ、知人は飲食店を閉めた。娘は入学した大学に通えず、夏休みを迎える。度重なる緊急事態宣言は「五輪のため」の側面があるのは明白。多くの人が我慢をしてまで五輪を開催する必要はあるのだろうか。
 6月半ば、重量挙げ女子の三宅宏実(いちご)が代表内定した日、本人からメールが届いた。五輪の舞台に立てる喜びと感謝が長文でつづられている。年に数回しか取材しない私に来るのだから、きっと何百人、何千人に報告しているのだろう。「おめでとう」とメールを送ると、すぐに返信が来た。「今から練習にいってきます!」。懸命に取り組む姿が目に浮かんだ。
 選手と接した後はいつも思う。五輪があってほしい。全力を出し切る姿が見たいと。
 心は揺れ動き、行ったり来たり。この気持ちのまま、緊急事態宣言下の五輪が幕を開ける。
 無観客の会場でどのようなプレーを見せ、何を語るのか。選手の思いを克明に残すとともに、矛盾の中で取材を続けるであろう私の感じたことも記す17日間にしたい。
 (森合正範=柔道、陸上担当)
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