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アジア初の常設サーキット「多摩川スピードウェイ」遺構が取り壊しの危機 

2021年7月21日 21時03分

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多摩川スピードウェイの遺構として多摩川河川敷に残る旧観客席=川崎市で

多摩川スピードウェイの遺構として多摩川河川敷に残る旧観客席=川崎市で

 アジア初の常設サーキットとして川崎市の多摩川河川敷に存在していた多摩川スピードウェイの唯一の遺構となっている旧観客席が取り壊しの危機に直面している。21日に遺構の保存などを求めている任意団体「多摩川スピードウェイの会」が公式Facebookに緊急声明を出して明らかにした。
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 「【緊急声明】多摩川スピードウェイ観客席取り壊し危機と、保全に向けたご協力のお願い ショッキングなお知らせですが、本年10月頃に観客席の取り壊し工事を行う旨、国交省京浜河川事務所より7月2日に通達されました。このままでは、この秋に工事が開始され、観客席は永遠に失われてしまいます」と説明した。
 旧観客席はコンクリート製で堤防ののり面に残っており「治水対策のための堤防強化は、流域の方々の安全性のためにも最優先されるべきものです。一方で、観客席の保全とを堤防強化の両立は可能なはずですが、そのような検討はなされておらず、一方的な取り壊しのみが通告された状態です。特に、工事着工3カ月前の通達により、実質的な時間切れで押し切ろうとする進め方は、文化財保護の観点で許容されるものではありません」と工事の見直しを訴えている。
 多摩川スピードウェイは戦前の1936年にアジア初の常設サーキットとして丸子橋付近の多摩川河川敷に開場。1周約1・2キロの簡易舗装されたオーバルコースで、観客約3万人を収容することができたという。同年6月に行われた第1回全国自動車競走大会ではホンダ創業者の本田宗一郎初代社長も自作のレーシングカーで出場した。戦後もコースは存在したが、1950年代初頭に廃止となった。
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