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山下清とは何者だったのか

2021年7月19日 05時00分 (7月19日 05時00分更新)

 コラージュ・横田真未子  

 山下清が亡くなって五十年。「放浪の画家」と称された創作活動は生前から注目を集め、彼がモデルの映画、テレビドラマや伝記は今も根強い人気がある。「裸の大将」の実像に迫った。

 山下清(やました・きよし) 1922〜71年。東京・浅草生まれ。知的障害児教育施設「八幡学園」で貼り絵と出会い、顧問医らの指導で才能を開花させた。18歳の時、学園を脱走。放浪生活を繰り返す。戦後、各地で作品展が開かれ「日本のゴッホ」と評された。徳川夢声との対談などでの発言「兵隊の位に直せば…」が流行語となる。

超絶技巧も美術の外 甲南大教授・服部正さん

服部正さん

 山下清に対する美術の専門家たちの評価は今も昔も散々です。中身がない、深みがない、踊らされているだけ…。彼を支援するはずの福祉の専門家からも「一人の天才を称賛するのは、障害者の教育・支援の方向として間違い」と批判されます。
 共通しているのは、山下への忌避感。専門家、職業人といわれる人たちが、自分の地位の土台である「芸術は、福祉はこうあるべきだ」という固定観念が揺らぐ危険を感じ、排除しようとしたとさえ感じます。
 特に、美術の専門家たちの反応には、「高尚で洗練された」美術制度...

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