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国登録有形文化財 高林家住宅、新たに9件答申

2021年7月17日 05時00分 (7月17日 05時03分更新)
高林家住宅の味噌倉と米倉=浜松市提供

高林家住宅の味噌倉と米倉=浜松市提供

  • 高林家住宅の味噌倉と米倉=浜松市提供
  • 岸信介元首相が晩年を過ごした邸宅=御殿場市教委提供
 国の文化審議会は十六日、御殿場市東山の旧岸邸と、浜松市東区の高林家住宅建造物九件を、国の登録有形文化財に登録するよう文部科学相に答申した。県内の登録有形文化財(建造物)は二百九十二件となる。
 浜松市東区有玉南町の高林家住宅で答申された九件は、馬小屋、堆肥小屋、男衆部屋、味噌(みそ)倉・米倉、地の神社、平常門・塀、平門・塀、内塀、外塀。いずれも一八八六(明治十九)年から昭和初期にかけて建造された。二〇一八年に主屋や長屋門など五件が既に登録されている。
 高林家は四百五十年以上の歴史を持つ旧家で、代々庄屋を務める有数の豪農だった。十四代当主の兵衛は、民芸運動の中心だった柳宗悦(やなぎむねよし)を支持し、邸内に国内初の常設民芸展示場「日本民芸美術館」を開館した。
 味噌倉と米倉は木造平屋で建築面積は七十八平方メートル。高林家の歴史の変遷を伝える建物で、薪置き場や塩倉などとして使われていたこともある。男衆部屋は豪農の屋敷構えで、農作業などを手伝う人たちの部屋だった。十三代当主の維兵衛(いへえ)が明治末から大正初めに電気を引き込んだため、古いコンクリート電柱が残る。
 市文化財課の担当者は「豪農の生活様式を持つ屋敷が、一つの建物だけでなく、門や倉も含めて一体となって残っていることに価値がある」と話した。 (坂本圭佑)

◆旧岸邸 洗練の和風建築

 旧岸邸は岸信介元首相が首相退任後に転居し、晩年を過ごした本邸で、一九六九(昭和四十四)年に建築された。木造平屋建て一部鉄筋コンクリート造り二階建てで、建築面積四百十二平方メートル。伝統的な数寄屋建築に、現代的な住まいとしての機能性を加えた造りとなっている。
 政治家の自宅として、三つの空間に設計。来客のための玄関ホールや書斎兼応接間などのパブリックゾーン、お手伝いさんなどが動く厨房(ちゅうぼう)や洗濯室などのサービスゾーン、寝室や浴室などのプライベートゾーンがある。
 「近代数寄屋建築の祖」とされる建築家吉田五十八(いそや)氏の晩年の代表作の一つ。洗練された戦後の和風建築となっている。
 二〇〇三年に、岸氏の長女で、安倍晋三前首相の母安倍洋子さんから市に寄贈された。東名高速御殿場インター近くにあり、「東山旧岸邸」として一般公開(有料)されている。 (山本真嗣)

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