本心<38>

2019年10月14日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第三章 再会

 ヘッドセットを外すと、体の移動がないまま、また元の応接室に戻っていることのふしぎを感じた。
 あまり夢中になったことはないが、仮想空間には、僕も折々、出入りしている。しかし、他人に見られる場所に身を置いたまま、自宅で<母>と会うという状況は、自室で気晴らしに冒険的な世界に乗り込んでいくのとは、まるで違っていた。
「大丈夫ですか?」
 野崎は、アトラクションを終えたあとのテーマパークの係員のように、僕の顔を覗(のぞ)き込んだ。
 頷(うなず)くと、
「いかがでしたか?」
 と尋ねた。
「……よくできてます。まだ少しだけなので、わかりませんが。……」
「皆さん、最初は戸惑われますが、是非(ぜひ)、自宅でゆっくり会話をしてみてください。サポートはオンラインでいつでも可能ですので。」
 改めてソファに座ると、野崎から使用上の注意を受けた。免責条項の確認といった意味合いが強かった。
 僕は、野崎は単なる受付係で、技術者は別にいるものだと思っていたが、実際は、「担当者」である彼女が、アシスタントと一緒に、母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を製作したらしかった。
 彼女は、母の交友関係を見事に整理し、その対人関係毎(ごと)の人格の差異を、口調や発言内容、やりとりの頻度から分析して、個々の人格を三十年間分、図表にしていた。
「何年ごとと、機械的に分類するのは効果的ではないですので、お母様の人格の構成に大きな変化があった時を区切りとして、時期ごとに円グラフ化しています。朔也(さくや)さんとの関係が最も重要なのは、大前提です。メールの頻度は、同居しているので少ないですが、そこは考慮しています。例えば、このVFが目標にしている五年前のお母様の対人関係がこちらです。旅館で一緒に働いていた三好(みよし)さん、主治医の富田先生、……といった方たちと頻繁にやりとりされています。そのそれぞれの相手に応じた人格の構成比率がこうなってます。――朔也さんと一緒の時の人格が大半を占めていて、この時、お母様は最も寛(くつろ)いでらっしゃいます。“主人格”と呼びます。三好さんという人格が、第二位の人格です。ご存じですか? 若い方のようですが。」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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