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敦賀空襲、風化させない 12日に市がサイレン、学校で学ぶ時間

2021年7月10日 05時00分 (7月10日 05時00分更新)
敦賀空襲で亡くなった人の名を見ながら、伝え継ぐ大切さを話す奥野さん=敦賀市元町の本勝寺で

敦賀空襲で亡くなった人の名を見ながら、伝え継ぐ大切さを話す奥野さん=敦賀市元町の本勝寺で

 太平洋戦争終盤の一九四五(昭和二十)年夏、米軍機が敦賀市を三度爆撃して市街地を焼き尽くした。七十六年前の戦災を伝え継ごうと、最初の敦賀空襲があった七月十二日、市は消防サイレンを一斉に鳴らし、公立小中学校で敦賀空襲を学ぶ時間を設ける。初めての取り組みを企画した市遺族次世代の会の奥野治樹会長(55)は「小さな敦賀の街にも、戦争があったことが風化しつつある。警鐘を鳴らしたい」と話す。 (高野正憲)
 サイレンは、次世代の会などが本勝寺(元町)で開く戦没者・戦災死没者追悼法要に合わせて午前十時に鳴らす。各地区にサイレン設備があれば協力するよう、区長らにも呼び掛けている。サイレンを合図に小中学校では黙とうをし、敦賀空襲を学ぶ時間を設ける。
 取り組みは、戦没者らの孫世代でつくる次世代の会が結成した二〇一七(平成二十九)年から構想してきた。これまで戦没者慰霊のサイレンは、市主催の追悼式典がある七月の第二日曜日に鳴らしていたが、空襲の当日、子どもたちに戦争の事実を伝えられる学校で音を聞いてほしいと、次世代の会が日程の変更を市などに要望した。
 市内の戦災で最も大きく、市民にとって特別な敦賀空襲。奥野さん...

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