本心<42>

2019年10月19日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第四章 再開

 僕は、野崎の助言通り、出来るだけ自然な受け答えを心がけた。慣れるべきだった。
「手際を悪くしようがないよ、たったこれだけのことだから。」
「でも、わたしは、もっと時間がかかるわよ。」
「お母さんは、何でも丁寧だから。」
 <母>は、バターを塗ったトーストを食べ、指先についたパン屑(くず)を皿の上に落としてから、コーヒーを一口飲んだ。物を噛(か)む時に、口許(くちもと)に微(かす)かに兆す細かなしわが、不意に僕に、母のファンデーションの香りを嗅がせた。さすがにそこまでは、備わっていない機能のはずで、実際、今はメイクをしていない顔だったが。
 ベーコンの塩気が舌に残っているうちに、僕は卵を口に入れ、その香りが鼻を抜けきる前にトーストを囓(かじ)った。自分の食べているものが、<母>が口に運ぶトーストを、より本物らしく見せているのは確かだった。
「いつもふしぎに思うのよ。ホテルのビュッフェって、あんなに種類が豊富でも、二日目には、もう飽きてしまうでしょう? でも、自宅の朝食には、どうして飽きないのかしら?」
 それは、いつか母と交わした懐かしい会話の一つだった。僕は、自分の表情が、その時とそっくりになるのを、ヘッドセットを微動させた頬の隆起で感じた。
「何でだろうね? 味が濃いからかな?」
「パンでもそうよ。おいしいけど、ホテルのパンは、二日目には、どれを食べても、もう飽きてるもの。どうしてこんなスーパーの食パンに飽きないのかしら?」
「ふしぎだね。」
「ねえ、本当にふしぎ。」
 <母>は、心から共感したように頷(うなず)いた。目が、生前と同様に、三日月型に潰(つぶ)れる様を見ながら、僕は、嬉(うれ)しくなった。
 何が?――とあとで自問して答えに窮した。また<母>と言葉を交わしていることなのか、それとも、高い買い物が、期待通りに作動してくれていることなのか。昔の動画を見て、母を懐かしむことと、何が違うのだろうか?
 記憶の中の僕は、母との思い出が描かれた、短い映画の中にいるかのようだった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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