本心<40>

2019年10月17日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第三章 再会

「何で管理されてます? <ライフプラン>とかですか?」
「そうです、<ライフプラン>です。」
「あのアプリケーションと、弊社の V F (ヴァーチャル・フィギュア)を連動させる設定が可能です。」
「……そうですか。連動というと?」
「お母様とこれから過ごす時間と、そのための費用が自動的に計算されます。一度、シミュレーションをしてみてください。どの程度の時間を、今後、このVFとともに過ごすのか。」
 僕は、その意味するところを理解したが、
「出来映(できば)え次第です。しばらく使用してみないと、何とも。……」
 と言った。
「もちろんです。ただ、費用のこともありますので。」
「そうですね。」
「失礼ですが、石川様の余命は、まだ、かなりありますよね?」
「ええ、……平均寿命よりもかなり短いですが、一応は。――僕の所得水準並みに。」
「今後の生活次第でまた伸びますよ。」
「それは、よく言われる“まったく一般的でない一般論”でしょう? 急に裕福になるとか、……」
 野崎は、微笑で同意を避けた。それから、こちらを見たまま、右手の親指と中指で、何かを抓(つま)もうとしては躊躇(ためら)い、結局諦めたように軽く握って、それでもまだ迷っている風に、今度は唇を結んだ。
「何か?」
 母のライフログをすべて分析した彼女は、恐らく、僕の知らない多くのことを知っているのだった。彼女の些細(ささい)な仕草(しぐさ)は、そのうちの何かについて、言っておいた方がいいのでは、と自問している風だった。業務上は、言及すべきでないことも、恐らくは多少、逸脱して、私的なやりとりを交わす方が、顧客との信頼関係は、深くなるに違いない。
 作って終わり、というのではなく、今後も僕の担当として、相談に応じつつ、追加課金のサーヴィスを提供していくのであれば、いずれにせよ、共有すべき母の秘密もあるだろう。……
 しかし、彼女は結局、この日は節度を守ったのだった。余計なことを言って、僕の感情にあまり早急に踏み入りすぎるのではなく、一種の励ましを選んだらしかった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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