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大島康徳さんから「奥さんを大切に」…妻・奈保美さんへの感謝と優しさを感じた、私への”遺言”【竹下陽二コラム】

2021年7月6日 11時36分

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大島康徳さん

大島康徳さん

 本紙評論家の大島康徳さんが大腸がんのため亡くなった。私が大島さんと関わったのは、大島担当となった2019年のシーズンの半年だけ。短い付き合いながらも、私が見た「人間・大島康徳」を書いてみたい。
 当時からステージ4の大腸がんであることをブログなどで公表していたが、球場で見る大島さんはひょうひょうとしていて、がん患者であることが信じられないほどだった。東京ドームに行くと、試合前の食堂でいつもおいしそうにうどんを食べていた。そして、喫煙室で試合前にたばこを一服するのが常。関係者に「タバコ吸って大丈夫なの?」と気遣われた大島さんは「いいんだよ。人間、いつか必ず死ぬんだから。タバコぐらい吸わせてくれよ~」と達観したように、ハッハッハと笑った。投げやりな響きはなかった。心と体の浮き沈みはあったはずだが、明るいがん患者。少なくともそう見えた。
 治療はしつつ、最後まで人間らしく、頑張りすぎず、フツーに生きたい…大島さんの人生哲学を見る思いがした。
 試合前のひととき、記者席で大島さんは「昨日もテレビでスポーツ観戦。また、夜更かししちゃったよ~」と、嬉しそうに笑うのだった。で、錦織がどうの、大坂なおみがどうした、メジャーがどうのと熱く語った。アスリートの頑張りを見て、「オレも負けないぞ」と自分も奮い立たせているようにも見えた。
 熱いと言えば、飼っていたトイプードル、祭(まつり)ちゃんへの思いも熱かった。私も犬好きで試合前は、お互いの犬の自慢大会が始まることもあった。大島さんの迫力に押されて、気が付けば、私はいつも聞き役に。ところが、そのシーズンの9月、2人の息子さんと同じぐらいに愛した祭ちゃんが体調を崩して天国に旅立ったことをブログで知った。
 私も子どもの頃、愛犬を交通事故で亡くし、半年、泣き暮らした。ペットロスの悲しみは痛いほど分かっている。球場で会う大島さんはいつものようにひょうひょうとしていたが、ブログでは祭(まつり)ちゃんへの思いを連日、書いていた。空に浮かぶ雲が祭に見えて、今日も祭が会いに来てくれたとつづる大島さんの胸中を思うと、最後まで愛犬の死のことは聞けなかった。
 大島さん担当は社内移動のため、1シーズン限りとなったが、そのことを大島さんに電話で告げると「そうか。出世か?」とジョークを言った後「奥さんを大切に」とポツリとつぶやいた。シャイな人らしく小声だった。振り返ると、遺言のようにも思える。私の妻は、大島さんが日本ハム監督時代、ライバル紙の日本ハム担当記者だったから、そのことを知っていて大島さんはそう言ったのだと思う。しかし、それは、自分を支えてくれる妻・奈保美さんへの感謝の気持ちと優しさがないと出てこない言葉。あ、大島さんは奥さんのことを愛してるんだな、とその時、思った。
 以来、大島さんに連絡を取ることはなかったが、今年4月24日に久しぶりにメールを送った。大島さんが音声発信メディア、ブログのラジオ版とも言える「ボイシー」を始めたことを知ったからだ。チャンネル登録したことを伝えると「ありがとう。みんなに広めといて(笑)」と軽い調子で返ってきた。ボイシーで聞く声はかすれていたが、大島さんのチャレンジ精神に感服した。しかし、それから間もなく、体調悪化がブログで伝えられ、ボイシーの更新もなくなった。
 別れは悲しいはずなのに、最後の「この命を生きる」と題したブログの書き出しを読んで思わず、ニヤリとしてしまう自分がいた。
 「この先の人生 何かやりたいことがあるか?と真剣に考えてみたけれど、特別なことは 何も浮かばない(笑)…」
 大島さんが春ごろに記した文章とのことだが(笑)があるのに救われた。湿っぽいところがなく、どこかコミカルでちょっぴり切なく、心に染み入る、大島さんらしい見事なラストメッセージだった。そして、ブログの写真は窓から顔を出し、まぶしそうに空を見上げる祭ちゃん。今ごろ、再会を果たし、天国で散歩をしているのではないか。そう思いたい…。
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