大腸がんで死去…元日本ハム監督・大島康徳さんの独特すぎる打撃指導法「教えないことだ」選手から教えを請うの待っていた
2021年7月5日 13時04分
プロ野球の中日で活躍し、日本ハムの監督も務めた野球評論家の大島康徳さんが6月30日に大腸がんのため死去したことが、5日分かった。70歳だった。1993~96年まで日本ハムを担当した松野秀樹さんが悼む。
「オレは昔、占い師に『あなたには白い狐がついている』って言われてね。大抵のことは大丈夫なんだ」。大島さんが現役を引退した頃に聞いた話である。入退院を繰り返していたが、放射線治療ができなくなったとブログに綴った時はさすがに心配になって連絡した。「大丈夫、大丈夫。それより何かいい仕事があったら回してくれ」と、元気な声が返ってきた。その直後に治療再開できるようになり、さすが守護神さまがついている人は違うと、思い込んでしまったことが悔やまれる。
大島さんとの出会いは日本ハム担当から。最初は何を聞いても「オレは忙しいんだよ」と素っ気ない態度だったが、西武との優勝争いをテーマに企画ものをお願いしてから心を開いてくれた。当時は大沢監督から選手兼打撃コーチを命じられていた。コーチ業で一番大事なことは何か聞いてみたことがあった。
「教えないことだ」と、ひと言。ビックリした。伝えるべきこと、直すべきところは分かっているが、選手から教えを請うのをじっと待つのだと言う。それも「軸がぶれている」「ドアスイングになっている」など一点のみを指摘。複数指摘すると崩れてしまう場合があり、切羽詰まって教えを請うてくると吸収がいいということだった。
引退後、片岡篤史選手(当時)などは「いつ監督として戻ってくるんですか」と何度も聞いてきた。それほど選手から慕われていた。それでも「教えれば自分の出場機会が奪われていくようで苦しかった」と、悩みは深かったようだ。
面白い昔話もたくさん聞かせてもらった。長嶋さんが巨人監督をしていた当時、大島さんは中日で三塁を守っていた。しきりにブロックサインを出す長嶋さん。盗もうと凝視していると最後に大島さんの方を見てニッと笑う。偽サインであることを自分でバラしていたと、大笑いした。そんな飽きさせない話も、今やいい思い出となってしまった。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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