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「しっかり検査しなきゃ」大島康徳さんのアドバイスに命を救われた…中日時代の同僚・木俣達彦さんが在りし日をしのぶ

2021年7月5日 12時33分

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第1戦の平和台に向け出発する中日トリオ、左から鈴木孝、木俣、大島=1977年7月22日・品川の宿舎前で

第1戦の平和台に向け出発する中日トリオ、左から鈴木孝、木俣、大島=1977年7月22日・品川の宿舎前で

 プロ野球の中日で活躍し、日本ハムの監督も務めた野球評論家の大島康徳さんが6月30日に大腸がんのため死去したことが、5日分かった。70歳だった。チームメートで、コーチと選手との関係でもあった木俣達彦さん(76)が在りし日をしのんだ。
 2年前のことだった。私の大腸には、8つものポリープがあり、すべて切除した。幸い、精密検査の結果、すべて良性で問題はなかったが、そのまま放置しておけば、悪性化する可能性もあったという。
 検査の大切さを教えてくれたのは大島だった。2017年の夏だったと思う。ナゴヤドームで顔を合わせ、大腸がんでステージ4であることを伝えられた。現役時代、それほど私的に親しいわけでもなかったが、その時は「木俣さんもその年になったら、しっかり検査しなきゃ」とアドバイスされた。その後、しばらくは何もしなかったが、おなかの不調を感じたため、大島の言葉を思い出し、実践したのが、結果的に吉と出た。命の恩人とまでは言わないが、本当にありがたい言葉だった。
 この後、大島もお墓に入ると思うが、実はその業者を私が紹介していた。確か日本ハムの監督を終えた後だった。「東京にお墓を作りたいんです」と相談された。私の現役時代を知る方なら、覚えていらっしゃる方もいるだろう。私は地元岡崎の仏壇店のCMに出ており、系列の石材店も知っていた。私の仲介でその後、話はとんとん拍子に進んだそうだ。
 かつての盗塁王、故本多逸郎さんが生存されていた時、よく言われていたのが「ワシがスカウトした代表選手が木俣と大島だ」だった。その2人が球団史上2位(大島・321本)と3位(木俣・285本)を記録したのだから、本当に良かったと思うが、年長の私より先に逝ってしまうとは。それが悲しい。
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