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<聖火移りゆく 五輪とニッポン>第1部 もう走れません(3)黙々と2人での特訓

2020年1月5日 15時03分 (7月1日 11時34分更新)
円谷幸吉の功績をたたえ作られた石碑=福島県郡山市の陸上自衛隊郡山駐屯地で

円谷幸吉の功績をたたえ作られた石碑=福島県郡山市の陸上自衛隊郡山駐屯地で

 宿舎の前で、見慣れない若者が縄跳びをしていた。ボクサーのような軽快な動きに目を奪われる。新入りの隊員らしい。
 「何のスポーツをやるんだ」「マラソンです」「一人か」「一人です」
 一九五九(昭和三十四)年初秋、自衛隊郡山駐屯地(福島県郡山市)。勤務していた斉藤章司(86)は、五年後の東京五輪マラソンで銅メダルを獲得することになる円谷幸吉と、初めて言葉を交わした場面を思い起こす。
 円谷は高校卒業後、実業団で陸上競技を続ける希望がかなわず自衛隊に入隊、実家からほど近い郡山駐屯地に配属された。この年五月に東京五輪開催が決まっている。
 しかし当時の自衛隊で走ることといえば、訓練としての持久走。陸上部はない。
 「じゃあ一緒に走ってやろうか」。当時二十六歳で、野球が趣味の斉藤が声をかけ、二人は敷地内を走りだす。別れ際、斉藤が名前を聞くと、「はい、円谷二士(二等陸士)です」。直立不動の姿勢から覇気のある答えが返ってきた。
 それから毎日、斉藤の個室を円谷がノックするようになる。「練習していただけませんか」。苦しいからいやだ、という本音をのみこみ、斉藤は付き合い続ける。円谷は夕方の練習に飽き足らず「朝練や...

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