本文へ移動

<三六災害 60年> 地域安全、一層努力を

2021年6月29日 05時00分 (6月29日 05時00分更新)
ふもとの川や集落をのみ込んだ大西山の大規模崩落=1961年、大鹿村で

ふもとの川や集落をのみ込んだ大西山の大規模崩落=1961年、大鹿村で

  • ふもとの川や集落をのみ込んだ大西山の大規模崩落=1961年、大鹿村で
  • 犠牲者を悼み、慰霊碑の前で手を合わせる佐藤所長(右)と熊谷村長=大鹿村で
 一九六一(昭和三十六)年の豪雨災害「三六災害」で、四十二人の死者・行方不明者を出した大西山崩落から六十年を迎える二十九日を前に、国交省天竜川上流河川事務所が二十八日、慰霊献花式を営んだ。村職員も参列し、犠牲者を悼んだ。(長崎光希)
 大西山では、連日の大雨がやんだ同年六月二十九日午前九時ごろ、高さ四百五十メートル、幅五百メートルに及ぶ大規模崩落が発生。土砂は麓の家屋三十九軒をのみ込んだ。当時の建設省天竜川上流工事事務所(現天竜川上流河川事務所)小渋川砂防出張所職員六人も亡くなった。出張所跡地に、慰霊碑が建てられ、同事務所が毎年、六人をはじめとする犠牲者を追悼する式を開いている。
 二十八日は、同事務所職員、村職員ら約三十人が出席。佐藤保之所長と熊谷英俊村長が献花し、職員らが手を合わせた。
 佐藤所長はあいさつで「悲惨な災害が二度と起きないよう一層安全な地域づくりに努力していく」と誓った。熊谷村長は「六十年を迎えたことを契機に一層防災意識を高めたい」と述べた。
 大鹿村は、三六災害での死者・行方不明者が計五十五人と、県内自治体で最多だった。二十九日は、土砂の崩落跡地にある大西公園で、遺族や被災...

中日新聞読者の方は、無料の会員登録で、この記事の続きが読めます。

※中日新聞読者には、中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井の定期読者が含まれます。

関連キーワード

おすすめ情報