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<究める お~いお茶杯第62期王位戦>(下)豊島将之の【無倦】

2021年6月27日 05時00分 (6月27日 05時01分更新)
第32期竜王戦決勝トーナメントで藤井聡太七段(左)を下した豊島将之名人(肩書は当時)=2019年7月、大阪市の関西将棋会館で

第32期竜王戦決勝トーナメントで藤井聡太七段(左)を下した豊島将之名人(肩書は当時)=2019年7月、大阪市の関西将棋会館で

 豊島将之(31)は、将棋の研究で使う部屋に、鏡を一枚置いている。全身が映る姿見。おしゃれのため、ではない。「だらけたりすれば、自分で確認できるわけです」。竜王と叡王の二冠を有する四強の一角は、厳しく自身を律し、独りで強さを求めてきた。
 二〇一四年、棋士との研究会を辞め、人工知能(AI)を相手に選んだ。「AI時代の申し子」と言われる藤井聡太(18)が将棋ソフトを使い始めたのは、プロ入り前の一六年。今や活用は常識になったが、豊島はいち早くAIを取り入れた棋士の一人といえる。
 契機は、棋士とAIが対局する非公式の電王戦だった。一四年のこの戦いで、豊島は事前に貸し出されたソフトと千局近くを指して準備し、人間側で唯一、白星を挙げた。二十歳で初めて挑んだタイトル戦ではね返され、大舞台から四年間遠ざかっていたころ。棋力が伸びず悩みを深めた。「研究会にマンネリ化を感じていた。その点、ソフトは悪手をはっきりと指摘してくれる。変わっていかないと、と思った」
 研究法を変えて二年は勝率が落ち、タイトル戦も相次ぎ敗退。同じ関西所属の棋士で、研究仲間だった稲葉陽(あきら...

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