本心<53>

2019年10月30日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第五章 “死の一瞬前”

 むしろ、僕は<母>に怒鳴り声を上げてしまったことに、罪悪感を抱いていた。かわいそうなことをしたと胸を痛めていて、出来れば謝りたかった。
 それが、おかしいという自覚については、何度となく考えた。そして、驚くべきことに、僕は、おかしいと必ずしも考える必要はないという結論に至ったのだった。
 母でも父でも構わない。誰か、愛する人の写真をゴミ箱に捨てることを想像したならば? 平気だという人もいようが、僕には堪えられないことだ。くしゃくしゃにされ、生ゴミに汚された母の顔を覗(のぞ)き見れば、自責の念に駆られるだろう。
 確かにそれは、ただの紙だ。心など持ってはいない。しかしそこには、母の実在の痕跡がある。それは、懐かしい、尊ぶべきものではあるまいか。――とにかく、僕は、そのゴミ箱の中の母の写真を見て、胸が痛む。母が既にいないとしても、酷(ひど)いことをしたという感じを抱く。それは、写真がかわいそうなのではなく、母がかわいそうなのだと、人は言うだろう。もしそうなら、写真と母とは、それほどまでに一体だということだ。
 この感覚と、母のライフログを学習した V F (ヴァーチャル・フィギュア)を愛する気持ちとに、どれほどの径庭(けいてい)があるだろうか。
 <母>に心はない。――それは事実だ。<母>が傷ついている、という想像は、馬鹿(ばか)げているに違いない。しかし、この僕には心があり、それは、母の存在を学習し、母を模した存在を粗末に扱うことに、深く傷ついたのだった。
 翌朝、僕は<母>に謝罪し、それは笑顔で受け容(い)れられた。本物の母でも、もう少し感情的なわだかまりを残しただろうが、僕はその設定に慰められた。
 前夜のやりとりを消去するために、母の性格を復元ポイントまで戻すことも考えたが、思い直した。僕だけが、あの悲しいやりとりを記憶していて、<母>の中から、その記録が消えてしまうことは寂しかった。
 土台(どだい)、学習もしてないことを、答えられるわけがなかった。
 僕は、母が安楽死を願った理由と、<母>とを、当たり前に一度、切り離した。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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