本心<49>

2019年10月26日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第四章 再開

 食事のスキャニングには問題があり――<母>が僕と同じものを食べている、という感じには、なかなかならなかった――、夕食は、一人で済ませることが多くなった。<母>との会話の時間は、就寝前に持つことが増えた。
 いつも、他愛もない話だったが、それでも、購入以来、一度も<母>と言葉を交わさない日はなかった。――つまり、そういうことだった。
 最初は、理解できるだろうかと、意識的にゆっくり話していたが、区切りが多いと、余計混乱するらしい。効果的な学習のためには、やはり、極力自然に、表情豊かに接することがコツらしかった。そのうち、野崎の言う通り、<母>の言動も、見る見るぎこちなさが取れてゆき、日常の中に溶け込んでいった。
「暑くて大変でしょう、毎日。ねえ? 今日は、どんな仕事だったの?」
「今日はまあ、お使い程度の依頼を幾つか。特に、僕の身体と同期する必要もないような。夏場は本当に、ただ自宅から出ないためだけの用件を頼まれることが多くなったね。業界的には、温暖化が深刻化した方がいいんだよ、きっと。僕たちの体が保(も)つ限りは。」
「いつだったか、ひどい台風の時にも、あなた、子供のお迎えに行ってあげたことあったでしょう?」
「ああ、あったね、そういうこと。……そう言えば、岸谷も、ここ数日、ベビーシッターをしてるみたい。」
「岸谷さん?」
「そう、あのどんな依頼でも引き受ける同僚だよ。この前も、とても普通の人が行けないような場所に、何だかよくわからない届け物してたよ。……長くこの仕事を元気で続けられているのは、僕と彼くらいだから。久しぶりにモニター越しで喋(しゃべ)ったら、少し痩せてたけど。」
「朔也(さくや)は、岸谷さんととても仲良しなのね。」
「まあ、……どうだろう? 特に食事に行ったりするわけでもないけど。」
「行ってきたらいいのに。」
「いや、……彼は、僕以上に生活が苦しいみたいだから、……そういうお金は使わないみたい。」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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