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<三河撮りある記>(78) 新城・東海自然歩道

2021年6月20日 05時00分 (6月25日 16時05分更新)

豊川支流の宇連川を渡る東海自然歩道=新城市大野で(対岸は同市豊岡)

 古くから、日本人は山を突っ切りがちだった。江戸時代の中山道がまさにそう。そして令和になっても東海自然歩道がその歴史を引き継いでいる。
 東海道と同じ江戸・日本橋と京都・三条大橋をつなぐ中山道は東海道より高低差が大きい上、距離は四十キロほど長く、六十九次もある。それでも人気だったのは、氾濫による足止めの心配が少なく、武器の流入と大名の妻子の脱出を防ぐ江戸幕府の取り締まり「入鉄砲出女(いりでっぽうでおんな)」が比較的緩かったためとされる。山間部にも枝分かれの道が延び、過疎化が進んだ現在よりずっと栄えていた。
 江戸時代のにぎわいとは比較にならないが、新城市山間部に、阿寺の七滝、鳳来寺、宇連川に架かるつり橋、四谷の千枚田といった代表的な観光名所をつなぐ一本道「東海自然歩道」がある。東京都の「明治の森高尾国定公園」、大阪府の「明治の森箕面国定公園」を結び、総延長千六百九十キロ余になる。
 東海自然歩道は高度経済成長期を終え、公害への関心が高まっていた一九七四(昭和四十九)年、長距離自然歩道の先駆けとして整備された。各自治体が管理を担い、三河では他に設楽町の段戸裏谷原生林、豊田市の香嵐渓や猿投山など...

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