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勝山の袋田遺跡から鍜冶屋跡 「鍬を納めた」文献裏付け

2021年6月20日 05時00分 (6月20日 05時00分更新)
鍬を納めていたとする文献を裏付ける発見となった鍛冶関連遺構の工房跡=勝山市の袋田遺跡で(県埋蔵文化財調査センター提供)

鍬を納めていたとする文献を裏付ける発見となった鍛冶関連遺構の工房跡=勝山市の袋田遺跡で(県埋蔵文化財調査センター提供)

  • 鍬を納めていたとする文献を裏付ける発見となった鍛冶関連遺構の工房跡=勝山市の袋田遺跡で(県埋蔵文化財調査センター提供)
 県埋蔵文化財調査センターが勝山市本町二、三丁目の袋田遺跡で行っている発掘調査で、十五〜十六世紀の鍛冶関連遺構が発見された。センターによると、中世の鍛冶屋跡が市内で見つかるのは初めて。この地域では当時、租税として鍬(くわ)を納めていたと書かれた文献が市に残っており、それを裏付ける発見になった。二十六日には現地説明会が開かれる。 (平林靖博)
 鍛冶関連遺構が見つかったのは、六区に分けた同遺跡の発掘調査区間(二百五十メートル)のうち、四〜五月に調査した五区部分(三十メートル)。二メートル四方の工房跡で、粘土や炭化物、鍛造の際に飛散した鉄素材の破片が見つかった。覆屋用とみられる柱穴も並ぶ。一メートル離れた場所には鉄の加工時に出る鉄滓(てっさい)を捨てるための排滓(はいさい)坑(直径一・五メートル)があり、数百キロの鉄滓が残っていたことも含めて鍛冶場と結論づけた。
 市には、当時の一大宗教勢力だった平泉寺内の坊院の一つ「賢聖院」の所領を明示した一五三九(天文八)年の「平泉寺賢聖院々領目録」が残る。各領地から金や米が納められ、その量も定められていたが、今回の発掘現場に位置していた袋田村だけは「鍬壱...

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