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日本最古 一目で「おにぎり」 第一発見者・栃木さんに聞く

2021年6月18日 05時00分 (6月18日 10時22分更新)

チマキ状炭化米の塊を発見した栃木英道さん=金沢市尾山町で

中能登で87年 興奮し持ち帰った

 一九八七年に中能登町(旧鹿西町)の杉谷チャノバタケ遺跡で、弥生時代中期の竪穴住居跡からチマキ状炭化米の塊(かたまり)が発見された。加工・調理されたものでは最古級で「日本最古のおにぎり」出土と話題になった。同町は、まちおこしとして毎月十八日の米食の日と鹿西の「ろく」を合わせた六月十八日を「おにぎりの日」と制定。記念日にちなみ、第一発見者で県金沢城調査研究所副所長の栃木英道(てるみち)さん(64)に当時の話を聞いた。 (大野沙羅)
 急斜面を上った先にある杉谷チャノバタケ遺跡は現在、草木で緑に覆われている。一九八五〜八九年に県水道用水供給事業に伴い周辺の計四遺跡の発掘調査があり、県立埋蔵文化財センター職員だった栃木さんも現場を監督する担当者として現地入りした。

杉谷チャノバタケ遺跡から出土したチマキ状炭化米の塊(県埋蔵文化財センター保管)=金沢市中戸町で

 発見したのは八七年十一月二十日。寒かったが雨は降っていなかった。建物の壁際を掘っていると移植ゴテに土の塊が当たり、飛んだ土の中に黒い塊を発見。反対側を探すと掘っていた壁の中にあり、割れた塊の断面をくっつけると三角形に近い形になる。米粒が明瞭に残っていたことから、栃木さんは一目で「おにぎり」だと感じた。「こんなことあるのか。初めてでは」。興奮しながら持ち帰ったという。「あまり言いたくはないが発掘を急いでいて割れてしまった。だがたまたま真ん中に当たらなければ気付かなかった」と振り返る。
 約一カ月後に記者発表し、メディアなどで全国的に取り上げられた。食品は残りにくく「めったにあるものではないので衝撃を持って受け止められた」という。だが「当初はおにぎりのように調理加工された米としては日本最古と発表したが、いつの間にか日本最古のおにぎりになっていた」と笑う。

チマキ状炭化米の塊が出土した杉谷チャノバタケ遺跡=中能登町金丸で

 栃木さんによると、押しつぶされた形跡がないことなどから、炊いて握った「おにぎり」というより、包まれて蒸された「チマキ」状。米がうるち米の突然変異である「もち米」で、その特性から火を通すために蒸したか、煮た可能性が高いという。
 また、壁際の境目から発見されたことから食用ではなく、霊的な供え物や厄よけとして作られたと考えられるようだ。厄払いのため建物の内部か外部の軒につり下げられ、転落した可能性もあるという。
 今もルーツは分かっていないが、炭化米の塊が発見されているのはほぼ東日本。同遺跡周辺でも弥生時代中期と推測される炭化米の塊が別に発見されている。
 町では、まちおこしのため「日本最古のおにぎり」が再評価されている。栃木さんは「一過性で盛り上がるよりちょっと地味でもいいから長く続いていくことが大事」と指摘。その上で「出土したものや記録がいろんな形で使われていくのはそもそもの目的にかなったもの。当時生まれていない人もいるので、伝えられていくのは良いんじゃないか」と話した。

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