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ホームズ恵子 元英兵捕虜の支援者  

2018年8月24日 02時00分 (5月27日 03時54分更新)

写真・阿部伸哉

◆憎むべきは戦争 和解を深めたい

 戦後処理の問題といえばアジアとの関係に目が向きがち。しかし映画「戦場にかける橋」(一九五七年)に代表されるように、旧日本軍による東南アジアでの英兵捕虜の強制労働は英国民に「虐待」として記憶に刻まれている。まだ反日感情が強かった三十年前、英国在住のホームズ恵子さん(70)は元捕虜らを日本に招く活動を開始。日英の戦後に正面からぶつかってきた思いを聞いた。
 -英国との最初のつながりを教えてください。
 高校卒業まで三重県の熊野。外国人はほとんど見たことがなかったです。高校卒業後、父にお願いして東京の語学学校に通いました。そのころに知り合った英国人男性と結婚し、英国に移り住むことになりました。一九七九年のことです。
 しかしその五年後、夫が飛行機事故で亡くなりました。それまで夫に頼り切りの生活でしたから、絶望でしたよ。長男が十三歳、次男が十歳で、私だけでは宿題の手伝いもできない。子どもを寄宿舎制の学校に入れ、私は八八年に一時、熊野に帰ったんです。
 -なぜ元英兵捕虜に関心を持つように。
 実は熊野の入鹿(いるか)という地区に元英兵捕虜の慰霊碑があり、戦時中は銅山で捕虜...

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