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<備える> 災とSeeing(3)伊賀上野城 忍者の里の大地震伝える絵図

2021年6月7日 05時00分 (6月7日 05時01分更新)

伊賀上野地震の被害を描いた絵図(手前)について話す盆野行輝さん=三重県伊賀市の伊賀上野城で

 忍者の里として知られる三重県伊賀市。中心部の高台に立つ伊賀上野城は、白く美しい三層の天守閣から「白鳳城」とも呼ばれる。築城の名手として知られる藤堂高虎が本丸西に築いた「高石垣」が有名で、大阪城と日本一、二を競う高さ約三十メートルを誇る。
 「実はこの城内や城下町は、一八五四年に起きた『伊賀上野地震』で大きな被害を受けたんです」。今回案内役を務めてくれた名古屋大減災連携研究センター特任准教授の菅沼淳さん(54)が教えてくれた。
 伊賀上野地震は内陸直下型で、伊賀市北部が震源だったとみられる。マグニチュード(M)は阪神大震災(M7・3)と同程度で、推定最大震度は7。当時の伊賀や伊勢、大和地方などで約五千八百棟が倒壊し、死者は約千三百人に及んだという。
 その際、伊賀上野城と城下町がどれだけの被害を受けたかを詳細に記録した絵図が残っている。大小の二枚一組で、城内版(小)と城下町版(大)に分かれ、大きい方は縦一・三メートル、横一・九メートルほどある。
 「白色の部分は石垣が崩れた場所を示している。地滑りを起こしたとみられる箇所もある一方で、高石垣はあまり被害が出ておらず、震度7の揺れにも耐えた。さす...

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