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(76)退職しました 「猫舌堂」での経験 感謝

2021年6月1日 05時00分 (6月1日 13時14分更新)
 顧問を務めていた株式会社猫舌堂(大阪市北区)を五月末で退職しました。
 ここ数カ月、だんだんと体が思うように動かなくなり、体調不良で打ち合わせをキャンセルしたこともありました。メインの仕事である商品の発送業務も、このままでは滞って迷惑をかけてしまいそうで、三月に現在の体調と今後の見通しを告げ「仕事の引き継ぎができ次第、退職したい」と伝えました。体が動くうちに、自分のやりたいことを少しでも果たしておきたいという気持ちも正直に話しました。社長の柴田敦巨(あつこ)さん、副社長の三宅達彦さんに理解していただけて、感謝の気持ちでいっぱいです。

昨年10月、大阪城で柴田さん(中)、三宅さん(左)と。一緒に働けて幸せでした


 患者仲間である柴田さんと「嚥下(えんげ)障害の人が使いやすくて、おしゃれなスプーンやフォークがあったらいいね」と語り合っていたことが、昨年二月の会社設立のきっかけでした。猫舌堂の由来は、私のハンドルネーム「猫舌」から。いつか自分で何かを販売したり、お店を持ったりすることがあれば、屋号にしたいとひそかに温めていた名前でした。それを社名として世に残していただいて、本当にありがたく思っています。
 大好きな職場でした。私が、名古屋市の愛知県がんセンターに通院中で大阪に転居できないことから、岐阜市近郊の私のアパートを発送センターとして在宅勤務にするなど、さまざまな配慮をしていただきました。企業経営や営業、広報など知らないことばかりでしたが、三宅さんに丁寧に指導していただきました。コロナ禍で活動の制約も多かったのが残念ですが、たくさんのお客さまとつながり、応援していただいたのが励みになりました。
 嚥下障害ではなくても、横幅を狭くしたスリムなスプーンやフォークを「使いやすい」とおっしゃってくれる方は多く「食のバリアフリー」につながる商品開発だったと感じています。がんの経験を新たな価値に変えるという柴田社長の挑戦は、とても意義あるものでした。
 これから当面は、まず体を休ませ、体調を整えたいと思います。そして状況が許せば、中断している四国八十八カ所お遍路めぐりを再開させたり、まだ行ったことのない場所を旅したりして、各地の仲間や友人に会いにいきたいなと夢見ています。(荒井里奈)

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