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「心血注いださみしい」 旧チューリップタワー あすお別れ行事

2021年5月28日 05時00分 (5月28日 05時03分更新)
旧チューリップタワーの写真を前に思い出を語る笠島和夫さん=砺波市石丸で

旧チューリップタワーの写真を前に思い出を語る笠島和夫さん=砺波市石丸で

発案者の笠島さん


 砺波チューリップ公園(砺波市)のシンボルとして約五十年にわたり親しまれた一九七二(昭和四十七)年築の旧チューリップタワーは、当時、市役所に入って数年の同市石丸、笠島和夫さん(75)のアイデアから生まれた。二十九日のタワーのお別れセレモニーに招かれた笠島さんは「解体を前にすると心血注いだだけにさみしい」と名残を惜しむ。 (松村裕子)
 笠島さんはチューリップ公園の担当として園内の草刈り中、「チューリップ畑を上から眺めたらきれいやろな」と考えるように。仕事帰りにバス停で、当時は助役だった故岡部昇栄・元市長と一緒になり、自らのアイデアを力説した。岡部さんから「おもしろい。絵に描いてみて」と言われ、自宅で大好きな絵本作家いわさきちひろのチューリップの絵を参考に画用紙にかいて持っていった。
 当時の川辺俊雄市長が賛同し、議会に提案した。建設費は三千万円に上り、議会からは「総合計画にないものに大きな予算をかけられない」と大反対された。
 あきらめきれず、「おとぎの国のようなものが何としても必要。自分で議会に説明したい」と食い下がったため、岡部さんが根負け。「建設費を半分にしたら考える」とチャンスをくれた。当初案は円柱形で高さ三十メートル、最上部からの滑り台があったのを大幅に変更。二度目の提案で議会の了解をとりつけた。
 建設業者探しと資金確保にも苦労した。見たこともないタワーに、建設会社から断られ、石川県の遊具製造業者に打診。できないと言われたが、説得して請け負ってもらった。建設費は半分に減らしたが、市が負担したのは三分の一の五百万円。市が事務局を務め各種団体でつくるチューリップフェア推進協会が市から補助を受け、建設した。笠島さんはスポンサー集めに奔走。市内外の企業や個人を訪ね一千万円を調達した。
 完成したタワーは高い建物がなかった砺波野にそびえ、子どもたちは大喜び。自分は中途半端と思ったが、反対した人たちが手のひらを返したように称賛したのは懐かしい思い出だ。

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