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東大・井手峻監督 プロでは「1勝、1本塁打」コーチ、フロント、球団代表も務めた苦労人…うれしい母校での勝利

2021年5月23日 12時40分

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東大・井手監督

東大・井手監督

◇23日 東京六大学春季リーグ 東大2―0法大(神宮)
 東大が2017年秋の法大戦以来となる勝利を飾り、連敗を64(3分け挟む)で止めた。指揮した井手峻監督(77)は中日ドラゴンズOB。東大では初のプロ野球出身監督として昨年からチームを率いてきた。
 浜田一志前監督の後任をOBの中から公募で選ぶことになった東大。「恩返しという気持ちもあり、いつかはやってみたいという気持ちはあった」というが、当時75歳でもあり、井手さんは立候補は見送った。だが、推薦者がいたこともあり、最終的に井手さんが手をあげる形で就任した。
 井手さんは都立新宿高出身で、1浪で東大に入学し、農学部へ進んだ。最初は内野手だったが投手に転向してエースに。3年春には慶大から勝ち点をあげ、4年春にも慶大から勝ち点を奪って5位になる原動力になった。
 卒業後は、内定をもらっていた三菱商事に進むつもりだったが1966年秋のドラフトで中日が3位指名。寝耳に水の出来事にかなり逡巡したが、プロの道へ。映画「青い山脈」などをヒットさせた脚本家の父・俊郎さんの反対もなく、この決断は家族にすんなり受け入れられ、東大からは新治伸治投手(大洋)に次ぐ2人目、ドラフト制後は初のプロ野球選手となった。
 中日では1年目に1軍に昇格し、67年9月の大洋戦で初勝利を飾った。ただ、その後は勝ち星に恵まれず、サイドスローにも挑戦したが勝利は遠く5年を区切りに引退を決意したが、与那嶺要新監督の構想で外野手で再出発。73年の巨人戦では高橋一三からレフトへ本塁打を放った。
 結局プロでは「1勝、1本塁打」の記録を残して76年限りで引退。その後はコーチ、フロントに転じ、球団代表も務めた。
 この間、リーグ優勝した与那嶺さんのほか近藤貞雄、星野仙一、落合博満監督の手腕を目の当たりにしてきた。今回の勝利にはその経験が生きたのである。

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