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阪神監督辞任後、ノムさんを襲った病魔…知られざる19年目の真実【竹下陽二コラム】

2021年5月20日 12時27分

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阪神時代の野村克也監督

阪神時代の野村克也監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その13
 先日、予期せぬ人物からレターパックが我が家に届いた。見ると、差出人は、野村克則とある。楽天の2軍コーチで野村家の三男。でも、なんで、克則君が。中身を見ると、コロナ時代にふさわしいノムさんマスクとノムさんのプライベート写真を厳選した写真たてが入っていた。孫娘による心のこもった手作りコラージュであった。さらに、克則夫人がしたためた手紙も同封されていた。
 勝手に生涯一野村番記者を自称している私であるが、ノムさんと関係の深かった一人の人間として認知されていたことが意外でうれしかった。「父を思ってくださる方にお礼を」「父のことを愛していただき」の言葉が胸にしみた。ノムさんの遺品を整理するうちに思い出の品が出てきたから、見に来ませんか? とありがたい言葉もあった。
 昨年2月11日に亡くなったノムさんの1周忌は、近親者で済ませたとのことだが、コロナ禍でお別れの会もままならない現状。生前、ノムさんは「オレが死んでも誰も悲しまんやろ」と口癖のように言っていた。微力ながら、さみしがり屋ノムさんが喜んでくれればいい。そう思い、数日後、ノムさん好みの和菓子を手土産にノムさん邸を訪れた。
 克則君は不在であったが、夫人が温かく出迎えてくれた。亡くなった日、ノムさんがヤクルトのユニホームを着て、幸せそうに眠っていたリビングは思い出の品で埋め尽くされていた。出されたコーヒーを飲みながら、思い出話に花が咲いた。
 1989年オフにヤクルト監督就任した直後に心臓疾患で船出が危ぶまれたことは知られているが、阪神監督を辞任した翌年の2002年春、脳腫瘍で手術を受けた事実もさりげない会話の中で出た。平衡感覚がなくなり、病院の検査で発覚。早期というわけではなかった。家族は医者に「最悪も覚悟してください」と言われたという。
 衝撃的ではあったが、思い当たるフシがあった。晩年のノムさんの後頭部付近に横一線の手術痕のようなラインに気付いてドキリとしたことがある。実を言うと、当時、「ノムさん、脳腫瘍で手術」のウワサを聞いて、沙知代さんと本人に直接聞いたこともある。その時、真相はつかめなかったが、そうだったのか。遠い19年前のあの日のことが、ほろ苦さとともに鮮明によみがえってきた。(続く)
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