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<歓喜を信じて 東京パラリンピック> (2)陸上・伊藤智也 三重・鈴鹿市出身

2021年5月17日 05時00分 (8月25日 10時57分更新)
感染が拡大した昨年4月、自宅でトレーニングする伊藤智也=三重県鈴鹿市の自宅で(本人提供)

感染が拡大した昨年4月、自宅でトレーニングする伊藤智也=三重県鈴鹿市の自宅で(本人提供)

  • 感染が拡大した昨年4月、自宅でトレーニングする伊藤智也=三重県鈴鹿市の自宅で(本人提供)
  • パラ陸上世界選手権の男子100メートル(車いすT52)決勝に出場した伊藤=2019年11月、ドバイで(共同)
 陸上男子でパラリンピック3大会に出場後に引退したベテランの伊藤智也(57)=バイエル薬品=は2017年、5年ぶりに現役復帰した。19年世界選手権でメダルを獲得し東京大会の代表に内定した。
 現在渦巻く厳しい世論を「社会通念に照らして理解を得られるかは大切」と受け止める一方、「そりゃあ、やりたいよ。今走れているのさえ奇跡に近い」と本音もこぼす。30代で発症した中枢神経系の難病、多発性硬化症を抱える車いすアスリートとして、輝ける舞台を待ち望んでいる。
 50歳を過ぎて復帰したのはチームになってくれる仲間がいたからだ。16年、モータースポーツや医療・福祉分野で最先端の製品を生み出してきた埼玉のメーカーRDSから、競技用車いすを一緒に開発しようと誘われた。「おっちゃんでも世界一になれるマシンを」。心が躍った。
 自身の体の特徴や動きを科学的に分析し、速さを追い求めていく作業。「俺はマシンに乗るエンジンや」と、技術者を信頼し身を委ねた。成果が表れたのは、ほぼ完成形の車いすで臨んだ19年世界選手権。本命の400メートルで銀メダルを獲得し、100メートルと1500メートルでも銅に輝いた。
 順風満帆と思い...

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