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浜岡原発停止10年<下> 遠方避難、想像難しく

2021年5月16日 05時00分 (5月16日 05時02分更新)
2年前に「放射線防護施設」となった老人ホームでスタッフと会話を交わす服部栄さん(左)=御前崎市で

2年前に「放射線防護施設」となった老人ホームでスタッフと会話を交わす服部栄さん(左)=御前崎市で

 御前崎港の先に穏やかな駿河湾が広がる。一帯を見下ろせる小高い丘に、服部栄さん(83)が夫と二人で暮らす老人ホーム「ナーシングホーム静養館 御前崎オーシャンビュー」はある。
 服部さんは生まれも育ちも御前崎市。現役時代は養鶏業を営み、最大で一万八千羽ほどのニワトリを飼った。自然の恵みで育てた卵は口コミで評判を呼び、全国に発送していた。原発関係者が泊まる民宿に配達していた時期もあった。
 「中部電力さんには、お世話になってきた」。御前崎港には使用済み核燃料を搬出する中電の専用岸壁がある。服部さんが若い頃、その周辺の開発が進み木々が伐採され山は裸になってしまった。中電と協力しマツを植えた。社員とも仲良くなったという。
 ホームの七・五キロほど先には浜岡原発がある。停止から十年になるが、服部さんは「新(自然)エネルギーの普及もまだだし、危なくなければ稼働したほうが良い。反対のための反対はいかん」と話す。
 その服部さんが暮らす鉄筋四階建てのホームは二年前、原発事故が起きてもすぐ避難することが難しい人が屋内退避する「放射線防護施設」になった。
 ホームは二億五千万円の補助を国から受け、放射性物質を除去するフィルターや外気を遮断する気密シャッターを付けた。一週間から十日は屋内退避できるよう飲料水や食料、簡易トイレも備蓄した。
 服部さんは「(フィルターやシャッターを付ける)工事の様子も窓から見えた。安心している」と話す。
 ホームには服部さん夫妻を含め、六十代から百歳以上までの入所者八十人が暮らす。
 浜岡原発に万が一の事態が起きた時、屋内退避の責任を負う統括本部長の小塚みゆきさん(52)が昼下がりのリビングで思い思いに過ごすお年寄りを見つめながら言う。国の方針に従い一週間は屋内退避できる備えを整えたが「その間に本当に助けが来るのか、次の場所に避難できるのか」。小塚さんは、屋内退避が長引き、孤立することを心配している。被災した状況下で「お年寄りたちの体調が急変した時に、診療の医師が来ることができるのか」。
 御前崎市の広域避難計画では、浜岡原発で事故が起きた場合、市民は浜松市へ避難する。地震や津波との複合災害で浜松市への避難が難しければ長野県に向かう。
 静岡県原子力安全対策課によると、福祉施設は屋内での一時退避後の避難先を「施設ごとに別途、確保する必要がある」。県や市町の支援を受け施設が策定するが、ほとんどが未着手という。
 服部さんは十年前の福島第一原発の事故は「人ごとのように」受け止めたという。それでも事故が起き、遠くへ避難することになったら−。記者がそう問うと「そこまで考えたら、ここでは生きていけんね」という返事が返ってきた。 (酒井健)

◆要配慮者 防護施設に一時的退避

 原発事故の際、予防的防護措置区域(PAZ)に住む高齢者や障害者、乳幼児、妊婦などの「要配慮者」は、放射性物質を防ぐ対策を施した近くの建物「放射線防護施設」に約1週間退避し、そこに滞在しながら、正式な避難先と移動手段を確保する。御前崎市内には「御前崎オーシャンビュー」「市立御前崎総合病院」など16カ所ある。
 浜岡原発のPAZは、御前崎市の全域と、隣接する牧之原市の同原発から半径5キロの地域。御前崎市は、PAZ内の要配慮者と付き添い家族、施設職員ら約2100人全員分の放射線防護施設を確保。対象者が約1200人いる牧之原市では、まだ全員分は確保できておらず、在宅の要配慮者や放射線防護施設化されていない福祉施設の入所者らが退避する放射線防護施設の建設計画を相良(さがら)地区で進めている。
 静岡県によると、原発から半径10キロ圏内の福祉施設や病院は、原則として国の全額補助で放射線防護施設に改修できる。木造など気密性が確保しにくい建物は対象外。在宅の人は、市町が自宅近くに確保した放射線防護施設に避難する。

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