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日常と非日常 揺らぐ感覚や意識 「日常のあわい」展 金沢21美

2021年5月8日 05時00分 (5月8日 11時21分更新)

【右】青木陵子・伊藤存「その他の反乱」(2021年)の展示 【中】小森はるか+瀬尾夏美「みえる世界がちいさくなった」(2019〜21年)の展示 【左】下道基行「ははのふた」(2012〜) 


【右】竹村京「修復された…」シリーズ(2018〜21年) 【左】岩崎貴宏「テクトニック・モデル」(2021年)


【右】高田安規子・政子「Out of Scale」(2021年) 【左】小山田徹+小山田香月「お父ちゃん弁当」(2017年)シリーズの1点


 新型コロナウイルスの感染拡大は「日常」を揺るがし続けている。金沢21世紀美術館で開かれている企画展「日常のあわい」は、七組のアーティストが大小の展示室一室ずつの空間で、それぞれが「日常」を生きる中で生み出した作品を展示。日常と非日常の「間(あわい)」にある感覚や意識の変化、揺らぎに目を向けている。九月二十六日まで。(松岡等)
 日常に埋もれた異質さに着目して写真や文章で表現している下道基行(1978年、岡山県生まれ)は、義母の家で暮らす中で茶を入れるポットやマグカップなどに、わざわざ別の容器のふたをするという風変わりな習慣に目を向け写真で記録した作品を展示。
 小山田徹(61年、鹿児島県生まれ)と長女の香月による「お父ちゃん弁当」は、小学生の香月が幼稚園児の弟のために毎日の弁当をデザインし、小山田があり合わせの材料で作り続けた弁当を記録した。ともに家族の日常にある関係性をユーモアとともにあらためて浮き彫りにする。
 「記録」は日常を表象する代表的な手法だ。東日本大震災で岩手県陸前高田市に移住してアーティストとして出発した小森はるか(89年、静岡県生まれ)と瀬尾夏美(88年、東京都生まれ)は、震災以降、映像とツイッターを記憶の媒体として作品を紡いできた。
 展示室は「みえる世界がちいさくなった」と題して構成。東京に住む若者たちが発する言葉を映像やテキストで提示し、瀬尾がツイッターで発信する「コロなか天使日記」やコロナ後の出来事の年表、絵画などで、緊急事態宣言下でないがしろにされる感情を丁寧にすくい取ろうとする。
 竹村けい(75年、東京都生まれ)は、新素材の蛍光シルクを用いた刺しゅうでさまざまな物を「修復された…」のシリーズを展示した。ブラックライトの下で光る「神戸の大震災で割れた…」などは、「修復」という営みが「記憶」への意志と結びついていることをあらためて思い起こさせる。
 宮城県石巻市で開催された「リボーン・アートフェスティバル」で宮城県の過疎の島に滞在し作品を制作した青木陵子(73年、兵庫県生まれ)・伊藤ぞん(71年、大阪府生まれ)のユニットは、「日常」をアイフォーンのストレージに表示される「その他」になぞらえた。
 石巻の制作などで残った素材や覚えた技術などを駆使して作品に作り替え、「その他の反乱」としたインスタレーション(空間美術)は、アーティストの「日常」でたまった「おり」があふれ出しているよう。
 双子のアートユニット高田安規子・政子(78年、東京都生まれ)は「『社会的距離』を取ることへの違和感」から椅子に着目した。座れるものから数センチのミニチュアまで六十三脚を集めて大きさの順番で並べた作品は、自粛で室内に閉じ込められる中で「スケール」の感覚までが変容していることを示した。
 岩崎貴宏(75年、広島県生まれ)は世界遺産・厳島神社が台風によって壊れながら再生する姿を模型で表現した代表作「リフレクション・モデル(テセウスの船)」とともに、コロナ後の新作も展示。コロナで注目が集まったカミュ「ペスト」などの書物の束をビル群に見立て、ひものしおり(スピン)をほぐしてクレーンにした「テクトニック・モデル」は、窓から見える非常時の都会の日常のようでもある。=敬称略
◇写真の撮影場所はいずれも金沢21世紀美術館

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