本文へ移動

電鉄トンネル 遺産化を 勝山−大野 100年前の足跡

2021年5月7日 05時03分 (5月7日 09時57分更新)

 北陸最古か 識者「保存状態良い」

電車が走っていた大正時代の面影を残す初代の下荒井隧道=勝山市遅羽町下荒井で

 勝山、大野両市境にある山に、百年前のほんの十年間だけ使われた“幻の鉄道トンネル”が残っている。放棄されたのは一九二四(大正十三)年。現在勝山−大野間に鉄道はなく、山中にあることからその存在を知っている人も多くない。ただ、保存状態がよく、現存する電気鉄道のトンネルとしては北陸で最古ともみられることから、識者からは「鉄道遺産に向けた保存を」との声が上がっている。 (平林靖博)
 トンネルは勝山市遅羽町下荒井の山中にあり、石積みで全長六十五メートル。えちぜん鉄道勝山永平寺線終点の勝山駅から、かつて大野市要町まで延びていた路線上にあり、えち鉄に譲渡される前の京福電鉄(京都市)の、さらに前身にあたる京都電燈が一四(大正三)年に開通させた。

初代の下荒井隧道を写した一枚=県立図書館蔵「越前電気鉄道下荒井隧道」より

 「京福電気鉄道88年回顧録 越前線写真帖」などによると、当時は京都電燈が「越前電気鉄道」と銘打って県内で営業していた路線。市境の「山越え」のため山肌に沿うように線路を敷き、トンネルを掘った。ただ、山肌は雪崩などの危険があり、急勾配で大きくカーブすることから、近くで山を貫くトンネルを着工。十年後の二四年、現在も国道157号の下荒井トンネル付近で目視できる二代目となる「下荒井隧道(ずいどう)」(五二一・四メートル)を開通させて役目を終えた。
 そんな初代トンネルは、識者らの見解を総合すると、現存する「電気鉄道」のトンネルとして北陸最古ともみられるという。県内鉄道に関する著書を手掛ける鉄道友の会福井支部の渡邊誠さん(71)によると、越前電鉄の開業が電化路線として県内初なことや、それより古い石川県の電化路線の私鉄に「トンネルがないとみられる」ことから裏付ける。勝山市の市史編纂(へんさん)室に勤め、市内の歴史についての著書がある山田雄造さんは「(越前電鉄にはほかにもトンネルがあったが)残るのは県内で最古」とみていて、「市で保存などに動いてほしい」と話す。
 「勝山駅動くテキ6保存会」の南部浩範会長(43)も「百年もきれいに残っているのはすごい」としつつ「誰かが手入れしないと、皆の記憶からなくなってしまう。鉄道遺産として残してほしい」と要望する。京都電燈本社があった京都市で京都鉄道博物館を運営する交通文化振興財団(大阪市)の川端英登交通資料調査センター長(45)も「百年たって残っているのはもちろん、新旧二本とも残るのも珍しい」とする。勝山市は現状、活用へ手を加える考えはないとしている。
 越前電気鉄道 明治時代に県内で電源開発事業を行っていた京都電燈が、奥越と福井を結ぶために電気動力の鉄道として敷設。1914(大正3)年2月の新福井−市荒川間での県内初の電気鉄道開業を皮切りに、4月には大野口までが開業し、奥越までレールがつながった。18(大正7)年にはさらに300メートル延長して大野市街地へ乗り入れる大野三番駅(のちの京福大野駅)を開業した。42(昭和17)年に京福電鉄が設立されたのち、鉄道は引き継がれていった。現えちぜん鉄道に至る。

関連キーワード

おすすめ情報