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<発掘‼ みか話~るど> (5)椰子の実(田原市)

2021年5月5日 05時00分 (5月5日 12時07分更新)
伊良湖岬近くにある「椰子の実」の歌碑=田原市日出町で

伊良湖岬近くにある「椰子の実」の歌碑=田原市日出町で

  • 伊良湖岬近くにある「椰子の実」の歌碑=田原市日出町で
  • イベント「愛のココナッツメッセージ」でヤシの実を放流する人たち=沖縄県石垣島沖で=渥美半島観光ビューロー提供
 名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子(やし)の実一つ−。渥美半島の先端、田原市の伊良湖岬にヤシの実が流れ着いた情景を描いたのが、文豪・島崎藤村(一八七二〜一九四三年)の叙情詩「椰子の実」だ。大海原が見渡せる伊良湖岬に近い日出町に詩の記念碑と歌碑があり、「遠き島」を沖縄県・石垣島に見立て、ヤシの実を投流するイベントが続いている。
 一九〇一年に発行された藤村の詩集「落梅集」にも収録される椰子の実。三六年にNHKの「国民歌謡」として作曲家の故・大中寅二さんが曲を作り、二〇〇六年に文化庁などによる「日本の歌百選」に選ばれている。
 「日本民俗学」の創始者と言われる柳田国男(一八七五〜一九六二年)から伊良湖の風景を伝え聞いたことで、藤村は詩の発想を得た。柳田は東京帝国大(現東京大)在学中に親交のあった渥美半島出身の浮世絵師・宮川春汀(しゅんてい)(一八七三〜一九一四年)に勧められ、二カ月間、伊良湖に滞在。日本の民俗学の始まりの書と言われる紀行文「遊海島記」に当時の記憶をつづっていた。「嵐の次の日に行きしに、椰子の実一つ漂いよりたり。(中略)坐(そぞろ)に南の島恋しくなりぬ」。浜にヤシの実が流れ着いた...

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