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繋がっていた野球の絆…中日・根尾の球団71年ぶり日本人プロ1号満塁弾 当時被弾は根尾を鍛えた仁村2軍監督の恩師

2021年5月5日 10時37分

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3回裏1死、満塁本塁打を放ちダイヤモンドを回る根尾=4日

3回裏1死、満塁本塁打を放ちダイヤモンドを回る根尾=4日

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って 4日 中日 8ー4 DeNA(バンテリンドームナゴヤ)
 プロ1号が満塁本塁打という「持ってる男」は、根尾が史上87人目、セ・リーグ32人目だが、ドラゴンズ(2リーグ分立後)には、過去2人しかいなかったと知って驚いた。1970年のジム・バビーと50年の杉下茂。つまり、日本人選手では71年ぶりの快挙になる。
 「うん。覚えているよ。佐賀での試合だった。打ったのが野本(喜一郎)で、僕は完投して勝ったんだ」
 95歳のフォークの神様、記憶は鮮明だ。4月21日の西日本戦で、投げては4安打、1失点完投。左翼席に打ち込んだのは6回だった。生涯8本塁打の杉下さんにとって、満塁は唯一。そしてセ・リーグ初の「投手による満塁弾」でもあった。
 両翼91・4メートル、中堅109・8メートルの佐賀祐徳球場(鹿島市)で行われた、初のプロ野球公式戦だった。観衆1000人と寂しいスタンドではあったが、中日は4本塁打と打線が爆発し、12―1で圧勝している。神宮球場など、戦前はいくつもの神社が球場をつくったが、佐賀祐徳での公式戦開催はわずか2試合。球場跡地は、祐徳稲荷の来訪者駐車場となっている。
 根尾が封印を解いた球団史の貴重な1ページ。試合中に僕が電話をかけたときには、杉下さんは根尾が打ったことを知っていた。
 「見事だね。とにかく期待をされている中で、最近はいいところで打つようになっていた。そろそろホームランかなとは思っていたけど、満塁が付くとは。甲子園であれだけ働いた子なんだ。いいものをもっているのは間違いない」
 74歳差。ひ孫のような根尾の活躍を喜んだのは、杉下さんだけではない。スタンドでは誰もが両手を上げていた。みんなが彼のことを気にかけ、成長を見守っている。ともに育てようという深い愛情。あの眉毛と笑顔が大好きなのだ。
 打たれた野本は通算18勝で引退したが、むしろ第2の野球人生の方がその名を知られている。上尾高(埼玉)の監督として、甲子園に出場。教え子の1人が仁村徹である。その仁村2軍監督に鍛えられたのが根尾。野球の絆は、目に見えぬところでつながっているのだ。

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