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2年ぶり、浜松まつり開幕

2021年5月4日 05時00分 (5月4日 05時03分更新)

2年ぶりに開催され、鮮やかな大凧が舞った浜松まつり=3日、浜松市南区の凧揚げ会場で(畦地巧輝撮影)

 子どもの誕生や成長を祝う「浜松まつり」が三日、浜松市内で二年ぶりに開幕した。新型コロナウイルスの感染拡大で、百七十四町のうち、初日は八十九町の参加にとどまった。感染防止のため、五日までの三日間、無観客で凧(たこ)揚げのみ実施する。
 午前十時、南区の凧揚げ会場に開会を告げる花火が鳴り響くと、初子の誕生を祝う初凧が一斉に天高く舞った。三十七町が計五十七枚の初凧を揚げた。
 南区砂丘町「砂丘組」は、稲垣剛ちゃん(3つ)の初凧を揚げた。父理さん(37)と妻久美子さん(36)が昨年に揚げる予定だった。一年越しの実現に、理さんは「高く揚げられて良かった。人に優しい子にすくすく育ってほしい」とほほ笑んだ。
 四、五日は午前のみ、凧揚げ会場で町内凧のみを揚げる。まつり組織委員会によると、初日は凧揚げに二千二百人(二〇一九年は二十六万人)が参加した。 (坂本圭佑)

◆医療従事者と凧業者へ感謝の水色凧 東区・上西組

医療従事者への感謝や凧業者への支援の気持ちを込め、水色に柄が染められた東区上西町「上西組」の大凧=3日、浜松市南区の凧揚げ会場で

 浜松まつりが開幕した三日、新型コロナウイルスに最前線で立ち向かう医療従事者への感謝を込めた水色の凧が空を舞った。揚げたのは、浜松市東区上西町の「上西組」。この凧には、もう一つの感謝が込められている。コロナ禍で苦境にあえぐ地元の凧製造の老舗「上西すみたや」への思い。住民たちは口をそろえて言う。「伝統を守ってくれてありがとう。そして、これからも」 (坂本圭佑)
 すみたやは江戸時代後期の創業から二百五十年以上、凧作りを手掛けてきた。当初は際物などを中心に扱っていたが、高度成長期とともに参加町が増えると、一九八〇年代後半には凧作りに専念するようになった。まつりで揚げる凧の大半は現在、すみたやと一瀬堂(中区池町)が担う。
 昨年の中止と今年の縮小開催で、凧の注文は激減した。例年は大小の二百~三百枚を手掛けるが、十枚ほどにとどまった。収入は例年の一割に満たない。不参加だった町会は昨年に作った凧が新品で残っているため、来年も例年のような注文は見込めない。十代目の大隅文吾さん(49)は「本気で経営を縮小しようと考えた」と嘆いた。
 そんな思いを踏みとどまらせたのが、地元の人たちの感謝の気持ちだった。上西組の役員らは、凧作りの伝統と技術を守り続けてきたすみたやを心配し、六帖(じょう)凧を注文した。「凧を揚げられるのは、すみたやのおかげ。いてもたってもいられなかった」。組長の池田昌利さん(45)は振り返る。

東区上西町「上西組」の大凧が揚がる様子を見つめる「上西すみたや」の大隅文吾さん=3日、浜松市南区の凧揚げ会場で

 大隅さんの提案もあり、コロナ禍で奮闘する医療従事者への感謝の凧にすることにした。普通は凧の紋様の羽根うちわを紺色に、「上」の字を赤色に染めるが、医療従事者への感謝を示す水色にした。大隅さんは「いつも頑張っていてくださる皆さんに『ありがとう』と伝えたかった」と目を細める。
 午後一時、開始を告げる花火が鳴り響くと、池田さんが「いくぞ!」と声をかけた。水色のリストバンドを着けた仲間たちは糸を引っ張り、凧は宙に。強風にあおられ、他の凧とぶつかりながらも落ちることはなく、やがて青空に舞った。
 「この凧をこれからも残していかないと」と大隅さん。コロナ禍で、先は明るいわけじゃない。それでも、守り続けてきた伝統を後世に伝えていこうと心に決めた。「がんばるよ」。大空に揚がった数々の凧を見つめ、つぶやいた。
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