本文へ移動

<湖国の恵み 食をみつめて> (4)竜王・田のし飴

2021年5月3日 05時00分 (5月3日 05時00分更新)
田のし飴の伝統を守り続ける(右から)澤政典さん、新之助さん、孝子さん、加代子さん=竜王町綾戸の正栄堂で

田のし飴の伝統を守り続ける(右から)澤政典さん、新之助さん、孝子さん、加代子さん=竜王町綾戸の正栄堂で

  • 田のし飴の伝統を守り続ける(右から)澤政典さん、新之助さん、孝子さん、加代子さん=竜王町綾戸の正栄堂で
  • 黒あめを白あめで包む工程。一部で機械を導入したが、今もほとんどが手作業だ=正栄堂提供
  • 110年受け継がれてきた「田のし飴」。形がタニシに似ているのが特徴だ=正栄堂提供
 田んぼや水路に生息するタニシに形が似ているので、この名がついた。竜王町の和菓子製造販売「正栄堂」が、一九一一年の創業から販売を続ける唯一の品。初代の澤政吉さんが日野町で修業後、地域の人に愛されるお茶請けや土産物にしようと考案した。
 ミネラルが豊富で、栄養価が高いニッキあめ。口溶けの良い沖縄県宮古島産の黒砂糖のほか、いずれも国内製造のグラニュー糖や水あめ、桂皮(けいひ)油などを使う。
 百十年前から受け継いできた製法を、現在は三代目の新之助さん(67)と妻の加代子さん(63)、四代目の長男政典さん(38)が担う。三年ほど前からは長女孝子さん(36)も手伝い、一家で支えている。
 もともと店と工場は、町東部を流れる日野川沿いの岩井地区にあった。店は七六年、工場は二〇〇七年、交通アクセスの良い竜王町綾戸の苗村神社近くに移転した。
 大鍋、あめを冷やす鍋、炭火を入れる容器、大きな扇風機−。工場には、さまざまな道具が並ぶ。黒砂糖やグラニュー糖を水あめとともに熱した後、あめをひく工程は、一二年に機械を導入するまで手作業だった。新之助さんは「重労働で腕がパンパンになりました」と笑って振り返る。
 あめを熱...

中日新聞読者の方は、無料の会員登録で、この記事の続きが読めます。

※中日新聞読者には、中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井の定期読者が含まれます。

関連キーワード

おすすめ情報

滋賀の新着

記事一覧