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<発掘!中信> 塩尻で「三村氏と妙義山城」展開催

2021年5月2日 05時00分 (5月2日 12時43分更新)
豪族「三村氏」を紹介する史料が並ぶ会場=塩尻市洗馬の本洗馬歴史の里資料館で

豪族「三村氏」を紹介する史料が並ぶ会場=塩尻市洗馬の本洗馬歴史の里資料館で

  • 豪族「三村氏」を紹介する史料が並ぶ会場=塩尻市洗馬の本洗馬歴史の里資料館で
  • 三村氏が寄進した可能性がある刃渡り33センチの脇差し。企画展をきっかけに菩提寺の長興寺にあることが分かった
 室町−戦国時代に塩尻市洗馬や朝日村の一部を治めた豪族「三村氏」を紹介する初の企画展「三村氏と妙義山城」が、同市の本洗馬歴史の里資料館で開かれている。三村氏については現存する遺物や遺跡が少なく、出自から滅亡まで不明な点が多い。企画展では数少ない史料を基に一族の謎の一端に迫り、歴史愛好者らの関心を集めている。 (一ノ瀬千広)
 三村氏は朝日村の武居城と塩尻市洗馬の妙義山城を居城にし、最も勢力を誇ったころは松本市神林など同市南部一帯に及んだとされる。約三百年にわたり地域を支配したが、一族の出自については定説がない。
 資料館によると、主に「常陸国(現在の茨城県)の御家人三村氏が地頭として派遣された」「鎌倉の禰津氏が三村氏に改称した後に地頭として信濃に派遣された」「備中(現在の岡山県)の豪族三村氏が後醍醐天皇の御領だった洗馬に派遣された」の三つの説がある。
 展示したのは約六十点。朝日村の光輪寺に残る三村氏直筆の写経「大般若経」や、妙義山城と武居城を拠点に活動した一族の足跡を示す史料などが並んでいる。
 企画展に携わった本洗馬歴史の里協議会委員の学芸員・中原文彦さん(68)は「三村氏はある時期に洗馬...

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