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スポーツ選手翻弄した戦争 名古屋・ピースあいちで企画展

2021年4月16日 05時00分 (4月16日 05時00分更新)
戦時下のスポーツについて説明するパネル=名古屋市名東区のピースあいちで

戦時下のスポーツについて説明するパネル=名古屋市名東区のピースあいちで

 戦争と平和の資料館ピースあいち(名古屋市名東区)が、企画展「戦争とスポーツ〜戦時下、時代に翻弄(ほんろう)されたスポーツ選手たち〜」を開いている。5月22日まで。 (土屋晴康)
 出征前の選手たちの活躍を伝える新聞記事などの説明パネル十三枚や遺族らから借りた遺品など十点を展示。若くして戦地に送られ、無念の死を遂げた選手たちの生涯や、国威発揚やプロパガンダのために利用されてきたスポーツの歴史を紹介している。
 岐阜商業学校(現県立岐阜商業高)と早稲田大の野球部で活躍し、太平洋戦争で特攻隊員として戦死した近藤清さん=享年二十四=は、「命の次に大事なボールは持っていきたい」と家族に伝え、出撃していた。
 一九三六(昭和十一)年のベルリン五輪で、優勝候補のスウェーデンに逆転勝ちする番狂わせを演じたサッカー日本代表チームでは、四人が戦争の犠牲となった。逆転のゴールを決めた松永行(あきら)さん=同二十八=は、欧州に渡って指導者を目指す夢を絶たれ、ガダルカナル島で戦死した。
 ほかにもプロ野球草創期に活躍した伝説の名投手、沢村栄治さん=同二十七=や名古屋軍(現中日)のエースだった石丸進一さん=同二十二=ら...

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