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孤独を知る男の優しさ…突然の胃薬と携帯コール 元野村番記者との思い出談議【竹下陽二コラム】

2021年4月6日 11時33分

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ヤクルト時代の野村監督

ヤクルト時代の野村監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その12
 前回(3月19日)のコラムで2003年春、ノムさんに会うために静岡県・修善寺で行われたシダックスキャンプを、元ヤクルト担当のN君と訪れた話を書いた。と、妙に懐かしさが込み上げてきて、N君に連絡した。
 N君は、私以上の野村フリークである。野村克也を語り出したら誰よりも熱い。そこに、愛がある。もう10年以上も会っていないのに自分たちの近況もそこそこに、ノムさん話に花が咲いた。
 「オレ、自慢じゃないけど、いまだにID野球とは? と聞かれても答えられないよ。野村野球は、データを駆使する、頭を使う野球ではあるけど、それよりね。ここだよ。ここ! ハートだよ! そうじゃないと、あれだけ、毒舌を浴びせられた選手はノムさんのこと慕わないと思うよ」。話すほどに、N君のボルテージは上がった。
 今さら、言われるまでもなく、異論はなかった。私も野村野球は、「人情野球」と言い続けてきたからだ。私は、あるシーンを思い出した。それは、1990年代のヤクルト・宮崎西都キャンプでの出来事である。前夜、宮崎市内での飲みすぎ、食べ過ぎがたたって、私は胃腸を壊していた。ノムさんは、球場で会うなり、青白い顔をした私の顔を見て「お前、どないしたんや?」と聞いてきた。私が「ちょっと、おなかの調子があ…。消化不良かなあ…」と力なく答えると、ノムさんは「そうか。それは、いかんなあ」とつぶやいたが、そのあとは特に興味なさそうで、その話はそこで終わった。
 なんだ、そんなもんか。一瞬、冷たい人だと思った。ところが、である。翌日、球場に行くと、ノムさんは「ホイ、これ。これは、効くでえ」と言いながら、ウインドブレーカーの右ポケットから何やら秘薬を取り出し、さりげなく手渡してくれたのである。ノムさんには、そんなところがあるのである。
 その話を聞いたN君は「それな!」とばかりに食い付いてきて「覚えてるよ。そのシーン。まさに、そこですよ。それこそが、野村克也ですよ。そこを、竹チャンに書いてほしいなあ。でも、それは、竹チャンを支配下に置こうとか、手なずけようとか、野村派にしようとか、計算がないからね。心の底からの優しさというかね…。うまく言えないけど」とつぶやいた。
 追憶は続いた。2003年のプロ野球のレギュラーシーズン中の出来事である。ノムさんは社会人のシダックス監督を務めながら、他紙の評論家として活動していた。ヤクルトとか阪神監督と番記者の関係なら立場がはっきりしているから接しやすい。しかし、他紙の評論家ノムさんになれなれしく接するわけにもいかない。私は勝手に余計な気をつかい、忖度(そんたく)し、自分にブレーキをかけていた。
 私の隠れた目的は、その日に行われたプロ野球の試合というより、阪神監督を辞め、社会人野球監督として再起を図る、ライフワークとも言える「それからのノムさん」の継続取材だったにもかかわらず、グラウンドでノムさんとすれ違いながら、よそよそしく、ぎこちないあいさつをかわすくらいしかできなかった。すると、である。その翌日、携帯電話の呼び出し音が鳴った。ノムさんからだった。生涯で2本の電話をノムさんからもらったが、それが初コールであった。
 「お前、昨日、元気なかったな? どないしたんや?」。電話の向こうでノムさんはそう言った。私は「実は、ノムさんとの接し方が分からずに」と言うわけにもいかず適当に「そ、そんなことないですよー。げ、元気ですよー。なんか、考え事してたのかなあ。ヘヘヘ」とかなんとか、いつもの軽い調子ではぐらかすと、ノムさんは「そうかあ。お前が元気ないと、オレも元気なくなるやないか」と言って、電話は切れた。
 突然の胃薬に、サプライズコール。ここにも、計算のない、情のノムさんがいた。私は記者としてノムさんの内面を探るのが仕事ではあるが、ノムさんは一記者の私の内面に感性を働かせる必要はない。なのに、なぜ…。挫折とか、孤独知る男の優しさとでも言おうか。
 話は尽きなかった。しばらくすると、N君は思い出したように自分の胸の内に温めていたささやかな夢を語り出した。
 「コロナが落ち着いたら、一度ね、ノムさんの生まれ故郷の網野町に行ってみたいんだ。いや、オレは行くよ。なにがなんでも。行かなきゃ、全ては、始まらないよ。ノムさんジャーニーはまだ、始まってすらいないよ。で、野村克也記念館に行って、夜は居酒屋でね。そこで、ノムさんゆかりの人と偶然、出会うんですよ。そして、また、ノムさんを語り尽くす。話は尽きないよー。エンドレスだよ。まだ、何者でもなかったノムさんが素振りをしたという砂浜にも行ってみたいもんだねえ」
 す、砂浜? 行ってなにするの? とめどもなく、妄想をたくましくするN君に水を差すように突っ込みを入れると、「へっ!?」と一瞬、我に返ったが、すぐに気を取り直し「しゃ、写真を撮るんだよ! そこが、良いんだよー」と楽しそうに笑うのだった。
 日本海に面した京都府・網野町(現・京丹後市)。かつて、ノムさんが立っていた砂浜。水平線の向こうに沈む夕日。ノムさんのルーツを探る、センチメンタルジャーニーか。意外と良いかもしれない。私も行こう。そこで、定年前の元野村番は何を思うのか。熱く語るN君の話に耳を傾けながら、私はボンヤリと思った。
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