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「私の本来は随筆家かも」 −室生犀星の随筆− 

2021年4月3日 05時00分 (4月3日 12時37分更新)
詩や小説のほか随筆作品も多く手掛けた室生犀星

詩や小説のほか随筆作品も多く手掛けた室生犀星

  • 詩や小説のほか随筆作品も多く手掛けた室生犀星
  • 室生犀星の随筆集の一部。いずれも絶版だが図書館や古本屋で見つけることができる本もある

作中の言葉に 浮かぶ文学観


 本紙で三月末から連載が始まった室生犀星(一八八九〜一九六二年)のふるさと随筆選。詩から小説、俳句や短歌、評論まで幅広く活躍した文豪にとって、随筆とはどんな分野だったのか。随筆集の言葉をたどると犀星の美学や文学観が浮かんでくる。 (鈴木弘)

◇「真実の行い」「身だしなみ」


◇「作家の祭」「短くても完きもの」


 人気作となった「随筆 女ひと」「随筆 続女ひと」に続く「誰が屋根の下」(昭和三十一年)で、犀星は随筆には「作家の真実の行い」が込められ、執筆は「身だしなみ」とした。
 「随筆は文学的には雑草のたぐいであろうが、真実な作家の行いがじかに読まれる点では、小説のうそを見せていないだけでも、愉(たの)しい折々の思慕が潜んでいるものである。(中略)わずか四五枚の原稿に、こまかい懐述をのべながら雑草の髪を結うていたことは、作家の身だしなみの一つのようにも思われる」
 室生犀星記念館(金沢市)の嶋田亜砂子学芸員によると、犀星が七十二年の生涯で残した作品は、小説が約八百編に対し、随筆は約二千編。新聞や雑誌の依頼に応じ、女性美や動物への愛から人物評や原稿料まで率直につづった。
 晩年の「生きたきものを」では、そうした多彩な作品を「作家の祭」と表現した。「私は何時(いつ)も随筆集が出ると、作家の祭が随筆集であるようなにぎやかな気がするのです」
 随筆に向き合う心持ちについては、「小説とは違った淋(さび)しい底を湛(たた)えていて、それがじかに読むひとの頭に入ってゆかなければならぬ」(「文芸林泉」)と語り、「随筆の旨(うま)い人は小説の旨い人よりも永く読まれる」と続けた。
 犀星の随筆は小説との境界があいまいで、両者に共通したモチーフが登場することも。「生きたきものを」には、「ある種類の小説の中に随筆がくぐって歩いているし、また随筆の内容に小説がたてよこの編糸になっていて、随筆と小説が入り混れて書かれている」という“告白”がある。
 岸田劉生の絵が表紙を飾る「刈藻」の序文には、次のような随筆作品への愛着と自負がにじむ。
 「随筆はどんな短かい文章にも、頭も胴も尾もなければならない完きものである。それらには濃い色が塗られ彫りが施される小品刻文であって、或(あ)る物は高麗青磁の象眼に似ている。私の本来は詩人でも小説家でもなく、どうやら市井の一随筆家だかも知れないのである」

◇読んでみたいと思ったら どれを選ぶか


◇入手どうする


 随筆集として出版されただけでも三十冊近い犀星の随筆。全集に収録された作品もあるが、一体どの本を選んだらいいのか。
 嶋田学芸員がまず挙げるのは、最初の随筆集「魚眠洞(ぎょみんどう)随筆」(大正十四年)。文体が文語風で少し古めかしいが、犀川にすむ魚の話など当時の金沢のことがよく分かるという。
 次は女性賛美をつづってベストセラーとなった後年の「随筆 女ひと」(昭和三十年)。「文体が自由闊達(かったつ)でユーモアにあふれている。自分のことを赤裸々に書いて犀星の内面が手に取るように伝わります」
 郷土について語った中期の「薔薇(ばら)の羹(あつもの)」や、古美術への傾倒が分かる「李朝夫人」、庭園を論じた「庭を造る人」などもお薦めだという。
 ただし、本はすべて絶版のため、図書館や古本屋で探す必要がある。中にはインターネットで入手できる古本もある。

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