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【センバツ】東海大相模・門馬の本塁打で思い出す過去の「親子鷹」超有名なのは…

2021年3月29日 14時19分

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東海大相模―福岡大大濠 2回表東海大相模1死二塁、左翼席へ2ランを放つ門馬。捕手川上

東海大相模―福岡大大濠 2回表東海大相模1死二塁、左翼席へ2ランを放つ門馬。捕手川上

◇29日 センバツ高校野球準々決勝 東海大相模8―0福岡大大濠(甲子園)
 東海大相模の1番・門馬功外野手(3年)が、「親子鷹弾」を放った。同校の門馬敬治監督の次男である門馬は、2回の第2打席で左越え2点本塁打。甲子園の「親子鷹」で有名なのは東海大相模の原貢監督と辰徳(巨人監督)だ。
 辰徳は入学直後の1974年夏から春1度、夏3度の甲子園を父が率いるチームで経験。75年春は決勝の高知戦で本塁打を放つなど3番打者として準優勝した。
 2004年夏は初出場の千葉経大付が4番でエースだった松本吉啓監督の長男・啓二朗(元DeNA)の活躍で4強入り。3回戦ではダルビッシュ有(パドレス)を擁する東北(宮城)に逆転勝ちした。
 啓二朗の弟・歩己も同学年の丸佳浩(巨人)らとともに06年夏と07年春に1番打者で出場。07年春の1回戦で対戦した中京(岐阜)の1番打者も小嶋雅人監督の長男・真太郎だった。
 91年夏には荒井致徳監督の長男・修光(元日本ハム)が4番、エース、主将で3回戦進出。13年夏は荒井直樹監督の次男・海斗が主将だった前橋育英が優勝した。甲子園には出られなかったが、内川聖一(ヤクルト)は大分工時代の監督が父の一寛さんだった。

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