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急逝1年 志村さん銅像ポーズ やっぱりアイ〜ン

2021年3月26日 05時00分 (3月26日 05時01分更新)
舞台のPRで「アイ〜ン」のポーズをする志村けんさん=2017年、名古屋市で

舞台のPRで「アイ〜ン」のポーズをする志村けんさん=2017年、名古屋市で

  • 舞台のPRで「アイ〜ン」のポーズをする志村けんさん=2017年、名古屋市で
  • 独特の振り付けで東村山音頭を歌う志村さん=1976年、東京都東村山市で
 人気タレント志村けんさんが新型コロナウイルス感染症による肺炎で亡くなってから、二十九日で一年になる。地元の東京都東村山市では志村さんをしのんで造る銅像のポーズが「アイ〜ン」に決まった。ところで、なぜ東村山を一躍有名にした「東村山音頭」のポーズにしなかったのだろうか。 (中沢佳子)

「まねしたなぁ」

 「小学生の頃は(ザ・ドリフターズのテレビ番組の)『8時だヨ!全員集合』を必ず見た。東村山音頭は友だちとまねして踊ったなぁ」。東京都町田市の男性会社員(53)が振り返る。
 ドリフの付き人を経て一九七四年にメンバー入りした志村さんは、七六年に東村山音頭を番組で披露した。地元の自然や特産を織り込んだ歌詞や盆踊りのような振り付けから一転し、「イッチョメ、イッチョメ、ワーオ」と叫ぶ突き抜けぶりが爆笑を誘い、子どもから大人まで巻き込んだ大ブームとなった。
 もともと地元農協が六〇年代に作り、盆踊りなどで使っていた歌。志村さんが替え歌にし、市の名が全国に広まった。だから東村山では「地元出身のスター」という以上に、志村さんに親しみを感じる人が多い。
 八九年から志村さんのネタにあやかった「だいじょぶだァー饅頭(...

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