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引退の鶴竜、まさに「一生懸命」相撲人生 セレクションに落ちた時も日本語の手紙で…【記者メモ】

2021年3月25日 06時00分

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鶴竜が15歳の時に送った手紙

鶴竜が15歳の時に送った手紙

 日本相撲協会は24日、第71代横綱鶴竜(35)=陸奥=が現役を引退すると発表した。年寄「鶴竜」を襲名し、今後は親方として後進の指導にあたる。25日に記者会見する。
 
  ◇  ◇  ◇
 横綱昇進の伝達式で口上に「一生懸命」という言葉を入れた。「ずっと意味が分からなかったんですけど。やっと日本語が分かるようになったときに、こんな意味なんだって」。自分にぴったりだと思い、口上に入れたと教えてくれた。
 その姿勢は最後まで変わらなかった。今場所前に師匠から引退を促されても、次こそはと再起を誓い、休場を決断。夏場所に備え、今場所中も毎日のように稽古場へ姿を見せていた。
 入門を目指し、15歳のときに日本に送った手紙がある。そこにも「一生懸命がんばりたいと思います」とある。「あの手紙にも一生懸命って書いてたけど、あのときは訳してもらっただけで、気づかなかった」。不思議なもので、その言葉はずっとそばにあった。
 井筒部屋時代は横綱を入れて力士が3人しかいないときもあった。場所前に土俵を新しくするため土を掘り返す。横綱が気を使ってきれいに3等分して手伝っていたのは有名な話。宅配便が部屋に届けば、横綱が玄関まで行き、受け取りのサインをした。優しくて温厚、まじめで努力家、飾りっ気もなく、父はモンゴル国立工業大で学部長をしているインテリ。育ちの良さを感じさせるが、お坊ちゃんに見られることは嫌った。
 「マイケル・ジョーダンのようなバスケ選手になりたかった」が少年時代の夢。高いシューズは履いたことがない。「ちゃんとしてないバスケのシューズってすぐ破れるけど、買ってもらえなかったです」。兄姉は姉が1人。「貧しかったから寝るところもない。おばあちゃんの家で、1つの部屋に4人が雑魚寝。両親はもっと子どもが欲しかったみたいだけど、育てられないからって。だから親への恩は一生返せないですね」。親孝行も原動力になった。
 鶴竜が14歳のときだった。八角理事長がスカウトのため、モンゴルでセレクションを開催することを新聞で知った。当時は173センチ、64キロ。モンゴル相撲の経験もない鶴竜は「もちろん駄目でしたね」。当然のように不合格となった。それでも諦めず、15歳で手紙を書いた。八角理事長は鶴竜が入門してからセレクションに参加していた事実を知った。
 「知ったのは鶴竜が関取になってから。入ってからの努力じゃないのかな」。スカウトは逃したが、成長をうれしそうに話していたことを覚えてい。(岸本隆)

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