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古賀稔彦さん死去 五輪の戦友ら絶句 そろって金メダルの吉田秀彦さん「最後まで奇跡信じていた…」

2021年3月24日 19時00分

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記者の質問に答える古賀稔彦さん=2020年11月

記者の質問に答える古賀稔彦さん=2020年11月

 柔道の1992年バルセロナ五輪金メダリスト、古賀稔彦さんの死は24日、関係者に衝撃と悲しみを与え、柔道家としての偉大さを思い起こさせた。
 バルセロナ五輪78キロ級代表で、71キロ級の古賀さんとそろって金メダルを獲得した吉田秀彦さん(51)=パーク24総監督=は「驚きと信じられない気持ち。最後まで奇跡を信じていた」とショックを口にした。
 五輪直前、吉田さんとの乱取りで古賀さんは左膝に重傷を負った。気力で畳に上がっての金メダルで、自責の念に駆られていた吉田さんも救われた。「柔道ができる状態ではなかった古賀先輩が優勝し、私が金メダルを取った以上の喜びを感じた。2人で勝ち取った金メダルは一生の宝です」と昔をしのんだ。
 88年ソウル五輪に古賀さんとともに出場した山本洋祐さん(60)=日体大柔道部長=は「合宿、遠征とずっと一緒だったが『あの相手は苦手だな』というような弱音を聞いたことがない」と振り返る。勝負への執着は並外れていた。
 山本さんは古賀さんの長男・颯人(はやと、23)と次男・玄暉(げんき、22)の日体大での恩師にもあたり、折に触れて古賀さんの病状を尋ねていた。返ってくる答えは「元気です」。山本さんは「周りに心配をかけまいと気遣ったのだろう」。力だけではない。気配りの人でもあった。
 指導者としても柔道に心血を注いだ。代表コーチだった古賀さんと2004年アテネ五輪女子63キロ級で金メダルを獲得した谷本歩実さん(39)は「とても熱血漢。思い出が尽きない」とコメントした。近年は、環太平洋大総監督として代表クラスの柔道家を育成。取材には「あまり自分の時代と比較をしないように」と語っていた。武勇伝をひけらかさず、選手の個性を尊重した。
 「心技体の全てが突出していたが、中でも心が非常に大きな選手だった」とは全日本柔道連盟の山下泰裕会長(63)。古き良き柔道界を体現する、巨星だった。

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