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【悼む】あの夏…バルセロナで見た古賀稔彦さんの「兄弟愛」24歳の若者の壮絶な涙を忘れない

2021年3月24日 18時24分

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優勝の瞬間、こぶしを握り、雄たけびを上げる古賀稔彦さん=1992年

優勝の瞬間、こぶしを握り、雄たけびを上げる古賀稔彦さん=1992年

 あの遠い夏の日。1992年バルセロナ五輪で見た古賀稔彦さんの「兄弟愛」、24歳の若者の壮絶な涙を忘れない。
 「古賀、左膝を負傷」の確認に走り、やがて見えてきたのは「重傷、出場ピンチ」だった。柔道競技開始まで時間はなかった。だが、記者は信じられない情景を見た。古賀は平然として、金メダルへの意気込みを話したのである。一方で、悲しそうにうつむいていたのは、78キロ級に出場する2歳下の後輩、吉田秀彦だった。本番前の仕上げに、1階級下の古賀さんとの乱取りを求め、結果、尊敬する「兄」に大けがを負わせた悔恨で、顔面蒼白(そうはく)だった。
 小学校を卒業すると、古賀は佐賀から、吉田は愛知から上京し、世田谷区の私塾「講堂学舎」で過ごした。選手村では同部屋だった。その仲の良さは取材記者の間で「本当の兄弟みたいだ」と、温かさを醸し出していたものだ。それが暗転した。
 しかし、古賀さんは「弟思い」を貫いた。1日先に金メダルに輝いた吉田の笑顔は中途半端だった。その翌日、私は信じられないものを見た。練習もままならず、ウエートオーバーに悩み、満足な食事も取れなかった古賀さんが、足を引きずることなく、顔色も変えず畳の上で堂々の戦いを続けたのである。そして、判定の金メダル。
 古賀さんの目から、これでもかと、涙があふれ出た。自らの頑張りをたたえ、後輩を思いやる温かい涙だった。
 あの夏の日から間もなく30年。古賀さんの美しい涙を思い出す。(満薗文博、スポーツジャーナリスト)

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