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これぞ情の野村の真骨頂。一生、忘れられない、静岡・修善寺キャンプでの別れ際、たった3秒の名場面【竹下暘二コラム】

2021年3月19日 10時39分

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シダックス監督時代の野村監督

シダックス監督時代の野村監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その11
 2003年春。私はシダックス監督に就任したノムさんを取材するためにキャンプ地の静岡県・修善寺を訪れた。1990年代に同じくヤクルト担当記者を務めた、他社の盟友N君も誘うと「行こう、行こう」と乗ってきた。当時のノムさんは阪神監督として3年連続最下位後に辞任。1年の浪人後、社会人野球のシダックス監督として再起したばかりだった。私たちの修善寺入りはしかし、取材とは名ばかりで、傷心ノムさんを夜の街に誘って、サプライズの励ます会でも催そうという狙いがあった。
 春の暖かい日差しが降り注ぐ日であった。球場に行くと、シダックスナインに「野村野球とは、準備野球である!」などと説くノムさんがいた。やってる、やってると思った。しかし、ふとした拍子に寂しさをにじませるのである。ノムさん、67歳の春であった。
 「もう、生きててもしようがない気がする」
 「つまらん」
 「全てがむなしくなってきたわ。へへへ」
 私は、ドキッとした。そ、それは、ひょっとして、自殺願望?
 「いやな、年をとっていくと、だんだん、楽しみがなくなっていくんや。切り札もないしなあ。若い女性にも相手にされなくなるし。『考えときます』ってのは、断りの意味らしいなあ。この年になって、初めて知ったわ。へへへ」
 哀愁をにじませながら、ボヤキ節をさく裂させるノムさんの横顔を見ながら、私は勝手に妄想した。ある日、気晴らしに高級クラブにでも行って、遊び半分で口説いたら、「考えときます」と言われた。携帯の電話番号を教えたのにウンともスンともない。仮にかかってきても、言葉のキャッチボールを楽しむぐらいの軽い気持ちだったろうが、電話1本かかってきやしない。そうなると、悲しい男心。つまらない。むなしい。生きてても意味がない…。半分、冗談とは言え、その年になってもモテたいと思い、それを隠そうとしないノムさんをほほ笑ましく思った。
 そんなノムさんを「監督、今夜、夜の街に出てパーッといきませんか?」と誘ってみた。しかし、ノムさんときたら、イエスともノーとも言わない。完全にスルーなのだ。やはり、パーッといくなら、若い女性と一緒がいいのであろう。多分そうだ。
 私たちはいったん諦めて、ノムさんの側で練習ウオッチングに集中することにした。野球談議、世間話に花を咲かせながら。午後5時ごろだったか。気を取り直して、練習後にもう一度、ノムさんに「行きましょうよ! パーッとカラオケでも」と誘ってみたが、またしても無反応。俺と行ってもオモロナイデとか、おまえらと行っても仕方ないで、とか言ったかもしれない。
 駄目だこりゃ、と思いながら、球場に隣接する宿舎に向かってノムさんと歩いていると、突然、色紙を持った初老の男性がノムさんに近づいてきた。一瞬、ビックリのノムさん。しかし、その男性が色紙とペンを差し出し「生涯一捕手と書いてください」と頼むと、ノムさんはうれしさと懐かしさと意外さの入り交じった表情になった。「生涯一捕手」はノムさんの南海時代からのキャッチフレーズである。俺にもまだ、こんなファンがいるのか。そう思ったかもしれない。差し出されたペンをスラスラと走らせて、真顔になると自虐的にこう言った。
 「これは、お宝になるかもしれませんよ。私もこの先、長くないから」と。ノムさんは、よくこんな縁起でもないことを口走るが、内心では言った相手にそれを否定してほしいという心理も働いているのかもしれない。その初老の男性は「そんなことを言わないでください。監督、これから、もう一花咲かせてください!」と言ったような気もするが、記憶は定かではない。
 とにかく、私たちは、9回裏2死走者なしの崖っぷちであった。もうとっくに励ます会の開催は諦めていた。丸1日、野球の練習を見ながらノムさんと野球談議や他愛もない世間話に花を咲かせただけでも満足であった。90年代のヤクルトの黄金時代を見てきた元番記者にとって、それは、ちょっとしたセンチメンタル・ジャーニーのようでもあった。
 宿舎に着いて、エレベーターの向こうに消えようとしたノムさんの背中に「監督、お邪魔しました。私たちはこれで帰りま…」と言いかけたまさにその瞬間、ノムさんが「7時、ロビーで」とボソリとつぶやいて扉は閉じた。電車を乗り継いで、修善寺までやってきた旧知の記者を手ぶらで帰らせるわけにはいかない。これぞ、情の野村の真骨頂であった。それに、意外と誘われること自体はうれしくなかったわけじゃないのかもしれない。あまのじゃくな人だから。
 約束の7時に行くと、宿舎内レストランのテーブルに白と赤ワインのボトルとつまみが用意されていた。下戸のノムさんはウーロン茶を飲みながら深夜まで語った。私たちは、ワインをしこたま飲んでヘベレケになった。励ます会は、ノムさんの独演会となっていた。N君はワインをグビグビやりながら、血走った目でひと言も聞き逃さないぞという気迫でノムさんの話に耳を傾けた。きっと、私もそうだっただろう。しかし、あの時、ノムさんが何を話したか、全く思い出せない。
 最近、N君にも確認したが「俺も全然、覚えてないんだ。あの夜、結構、飲んだからなあ」と遠い目になった。それでも、あと1死でゲームセットの際でノムさんが背中越しに放った「7時、ロビーで」のシーンは、N君も昨日のことのように覚えている、と言った。時間にして、わずか3秒の出来事。今となっては、私たちにとって、一生、忘れることのない、宝物のような、名場面なのである。
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