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「猩々神人形」350年ぶり新装 美濃の大矢田神社「ひんここの舞」

2021年3月17日 05時00分 (3月17日 05時00分更新)
新しく作った人形を渡辺会長に解説する萬屋さん(右)。左はこれまでの人形=美濃市大矢田の大矢田神社御旅所で

新しく作った人形を渡辺会長に解説する萬屋さん(右)。左はこれまでの人形=美濃市大矢田の大矢田神社御旅所で

 美濃市大矢田神社の伝統芸能「ひんここの舞」で最も大切な「猩々(しょうじょう)神人形」が新しく作り直され、十六日にお披露目された。これまでの人形は三百五十年以上前に作られたとされ、直立できないほど傷んでいた。舞は国の無形民俗文化財。
 室町時代から五百年以上続くとされ、氏子らが神社の秋の例大祭で奉納する。農民を食べた大蛇を須佐之男命(すさのおのみこと)が退治する様子を人形で表現する。猩々は須佐之男命の妻、櫛稲田姫(くしなだひめ)とされ、舞では最上段の館に鎮座してタイを釣る。
 復元した人形は高さ五十五センチ、重さ約二キロ。赤く染め上げた本麻を髪の毛に使い、頭がキリ、手がサクラ、足はヒノキを用いる。胴体には竹で編んだかごを入れ、カシの棒で支える。手足は柿渋で塗り、顔はさらに水銀の入った本朱を上塗りして鮮やかな紅色を表現した。目には真ちゅうを使い、黒目は真ちゅうに漆を塗って焼き黒くした。
 人形師の萬屋仁兵衛(よろずやにへい)工房(愛知県春日井市)が一年がかりで制作。これまでの人形を研究し、他の祭りで使われる人形にはない構造を発見したという。
 神社の御旅所で披露され、工房の二代目萬屋仁兵衛さん(...

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