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NZ地震被災が転機に 櫟さん 鈴鹿で英語塾 

2021年3月12日 05時00分 (3月12日 05時00分更新)
地震発生翌日の現地紙を今も大切に保管する櫟さん=鈴鹿市若松西4のイチイ塾で

地震発生翌日の現地紙を今も大切に保管する櫟さん=鈴鹿市若松西4のイチイ塾で

 東日本大震災の半月ほど前、百八十五人が犠牲となったニュージーランド地震に居合わせ、異国での心細い体験から英語が重要と気付き、猛勉強の末に英語塾を開いた男性がいる。鈴鹿市若松西四の櫟唯信(いちいゆいしん)さん(30)。弱点を強みに変え、天職を得るに至った十年に感慨を覚えながら、指導に励む毎日だ。 (片山健生)
 富山大理学部二年生だった二〇一一年二月、「将来の海外旅行で役立てばという興味本位」で短期の語学留学を思い立った。仲介業者に払う費用をアルバイトなどで工面し、二週間の日程でニュージーランドのクライストチャーチ市へ。地震は滞在九日目の二月二十二日に発生した。
 語学学校のホールで昼食後、他国からの留学生たちと休憩していたところ、体を椅子ごと突き上げられた。窓ガラスが次々と割れ、照明も落下する中、慌ててテーブルの下に潜り込んだ。校舎は倒壊を免れたが、壁に亀裂が入る危険な状態に。職員の引率で近くの公園へ避難した後、解散となった。
 ホストファミリー宅を目指し、バスの通学ルートをたどった。ただ、道路は液状化し、靴はすぐに泥だらけに。沿道の建物は多くが崩れ、あちこちで立ち上る煙も不気味だった。途...

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