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東日本大震災10年 羽生結弦『頑張れ』に支えられた…今思うこと「傷があるのは、あの日が在った証明」

2021年3月11日 04時00分

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羽生結弦

羽生結弦

 フィギュアスケート男子の羽生結弦(26)=ANA=が、自らも被災者となった東日本大震災からちょうど10年の11日、今思うことをつづった。全文を掲載する。当時、宮城・東北高1年の羽生は、仙台市の実家が全壊判定となり、家族と避難生活を送った。
◇  ◇  ◇
 何を言えばいいのか、伝えればいいのか、分かりません。
 あの日のことはすぐに思い出せます。
 この前の地震でも、思い出しました。
 10年もたってしまったのかという思いと、確かにたったなという実感があります。
 オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、つながりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物です。
 何ができるんだろう、何をしたらいいんだろう、何が自分の役割なんだろう
 そんなことを考えると胸が痛くなります。
 皆さんの力にもなりたいですけれど、あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなります。
 でも、たくさん考えて気がついたことがあります。
 この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…
 それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。
 痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。
 あの日以前の全てが、在ったことの証しだと思います。
 忘れないでほしいという声も、忘れたいと思う人も、いろんな人がいると思います。
 僕は、忘れたくないですけれど、前を向いて歩いて、走ってきたと思っています。
 それと同時に、僕にはなくなったものはないですが、後ろをたくさん振り返って、立ち止まってきたなとも思います。
 立ち止まって、また痛みを感じて、苦しくなって、それでも日々を過ごしてきました。
 最近は、あの日がなかったらとは思わないようになりました。それだけ、今までいろんなことを経験して、積み上げてこれたと思っています。そう考えると、あの日から、たくさんの時間がたったのだなと、実感します。
 こんな僕でもこうやって感じられるので、きっと皆さんは、想像をはるかに超えるほど、頑張ってきたのだと、頑張ったのだと思います。すごいなぁと、感動します。
 数えきれない悲しみと苦しみを、乗り越えてこられたのだと思います。
 幼稚な言葉でしか表現できないので、恥ずかしいのですが、本当にすごいなと思います。
 本当に、10年間、お疲れさまでした。
 10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではないと思います。
 まだ、癒えない傷があると思います。
 街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思います。
 まだ、頑張らなくちゃいけないこともあると思います。
 簡単には言えない言葉だとわかっています。
 言われなくても頑張らなきゃいけないこともわかっています。
 でも、やっぱり言わせてください。
 僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思うので、その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。
 頑張ってください
 あの日から、皆さんからたくさんの「頑張れ」をいただきました。本当に、ありがとうございます。
 僕も、頑張ります
 2021年3月
 羽生結弦

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